かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:リョベート ギター作品集

神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、今回はリョベートのギター作品集を収録したアルバムをご紹介します。

リョベートという作曲家は、あまり知られていないのはないでしょうか。カタルーニャ出身のギタリスト、そして作曲家です。絵師も入るかもしれません。

ja.wikipedia.org

活躍した時代が意外と近いのに驚かれるかもしれません。ギターという楽器は古典派以降に発達したもので、特にギター作品に関しては古典派の時代が通常のクラシック音楽とずれており、ロマン派の時代に古典派の時代を迎えます。

ですから、かれが活躍した20世紀前半という時代を知ると、驚きを隠せないのではないでしょうか。あまりにも旋律線がはっきりしており和声的であることに。しかしそれはその時代のギター作品では自然なことであるわけです。

だからなのか、スペインというお国柄では、ギター作品が好まれる傾向があります。リョーベトがパリを好んだというのには、そういったスペインというお国柄が強く影響したのではないか、という気がします。スペインはいまだに王国、ですから・・・・・

さて、そのリョーベトのギター作品、そんな背景を持っていますので、とても和声的で魅力的。派手さはないんですが、聴いていて飽きないですし、コロナのこの時期において、すっと心に入ってきます。ベートーヴェンが好きな私も、こういう音楽もいいなあと思います。

それは演奏のせいもあるもかもしれません。演奏するのはミケーリ。検索すると結構手広く演奏しているようで、特にテデスコと言った、このリョーベトへとつながる作曲家の作品も演奏しているギタリストです。その「歌」がなんとも言えずいいんです。

それは当たり前のように思われるかもしれません。しかし、歌っていることを本当に評価している評論家などほとんどいません。音楽がそもそも歌から始まっており、特に西洋では聖歌というものが最上であり、楽器はその最上を目指すことから始まったという歴史を踏まえると、本当は歌ってなんぼなのですが、つい楽器は安定的に音が出るだけに、忘れる演奏者も多々いるのです。

大抵そういった演奏家たちの演奏は、楽譜をなぞっているように聴こえます。なので、私にとっては、外形的美であるかそうでないかは、歌っているかいないかで大抵判別できます。なのでカラヤンは必ずしも外形的美とは言えません。それ以外で外形的美と言える指揮者などごまんとおり、そして大抵はそんな指揮者は大成しないものです。外形的美であるからカラヤンは大成したのではないのです。それを知らずに評論するアンチが多いので困ったもんです。

ミケーリのこの演奏は、たっぷりとギターを歌わせることで、ギターとしては古典派であっても、作品の題材などは多分に時代の影響を受けている作品の特質を踏まえており、見事です。だからこそ、たとえBGMで聴いていたとしても、魂が震えていることだってあるのです。例えば、洗濯物を干しながらも、心は泣いていたり、とか・・・・・

こういう演奏こそ、真にプロの仕事だと思います。

 


聴いている音源
ミゲル・リョベート作曲
スケルツォ~ワルツ(1909)
奇想曲練習曲(1899)
マズルカ(1901)
13のカタルーニャ民謡(1899~1920)
即興曲(1922)
5つの前奏曲(1912~1935)
フェデリコ・ブファレッティのためのマズルカ
4つの民謡(ca.1910)
練習曲 ホ長調(1899)
ロマンス(1896)
ソルの主題による変奏曲(1908)
ロレンツォ・ミケーリ(ギター)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。