かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:アシュケナージ、パールマン、ハレルが弾く「偉大な芸術家の思い出」

神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、今回はチャイコフスキーがただ一曲だけ残したピアノ三重奏曲である「偉大なる芸術家の思い出」作品50を収録したアルバムをご紹介します。

チャイコフスキー室内楽でも傑作を多く書いていますが、その中でも特に有名なのがこのピアノ三重奏曲ではないでしょうか。けれども私はほかの室内楽作品から入り、この作品が最も遅く触れた作品となっています。

まあ、題名を見ればどんな作品であるかはある程度は予想がつくものです。ただ、聴いて調べるまでは、この作品が故人を偲ぶ作品だとは思いませんでした・・・・・

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偲ばれているニコライ・ルビンシテインはかの有名は指揮者の弟で、むしろ教育者としてよく知られた人です。モスクワ音楽院を開設したことで名を残した人でした。

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チャイコフスキーはこの「ルビンシテイン兄弟」と縁が深い人で、自身は音楽を兄アントンが改組したペテルブルク音楽院で学び、教鞭は弟ニコライが設立したモスクワ音楽院でとりました。

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実はこの二つの音楽院は現在は保革色合いが分かれているのですが、チャイコフスキーはその二つをまたにかけた稀有な作曲家だともいえます。ですがそれだけ、ルビンシテイン兄弟との人脈が深かったことでもありましょう。となると、感受性が強かったチャイコフスキーにとって、この作品は「書かねばならぬ」作品だったのではないかと思います。

最近、「なんとかロス」という言葉が流行りますが、チャイコフスキーにとっては深い傷となる「ニコライロス」だったはずで、その傷をいやすためには、作曲をして自らの気持ちを語り、個人を偲ぶ機会が必要だった、それがこの作品50である、と私は考えます。臨床心理の現場では「ナラティヴ・セラピー」と言い、依存症など神経症関係の治療で行われる方法です(かの「マーシー先生」が参加していた「ミーティング」もその一つです)。

多分、実際に聴いて上記ウィキの説明を読むと、違和感があるのではないでしょうか。え、暗いのは主題だけなんだけど、と。けれどもこれがチャイコフスキーの「ナラティヴ・セラピー」なんだと考えると、違和感が全くないのです。ニコライとはいろんな関係があり、時には協同し、時には相反した(ピアノ協奏曲第1番)間柄でしたが、同じ音楽の道の同志だったことは間違いないでしょう。そんなチャイコフスキーの走馬灯のように頭の中で駆け巡る思い出の数々が、ピョートルにとってかけがえのない時間となり、自己肯定感の高まりへとつながっていく。

そう考えると、全く不自然な点がない作品です。悲しいのだけれど、けれどもそれだけじゃない複雑な心境。喪失感と同時に湧き上がる幸福・・・・・哀愁。見事な作品です。

そんな作品を演奏するのは、これまた当代きってのソリストたち。ピアノはアシュケナージ。ヴァイオリンはパールマン、そしてチェロはハレル。特にパールマンは通常ほかの二人とは違うレーベルだったはずで、その三人がそろうのは珍しいことでもあります。けれどもその当代きっての三人がそろうと、この複雑な心境を描いた作品が見事に一つのストーリーに結実し、チャイコフスキーだけではなく、同じように複雑に傷ついている人の「ナラティヴ・セラピー」となるのですから不思議です。実際、この原稿を書いているときに私は知り合いを二人亡くしており、うち一人は親戚です。本来だと私もどーっと涙が出てくるところなのですが、それがじんわりと湧き上がってくる感じになっています。

多くの人があまり感じないんですが、親しい人を無くすことは傷つき体験なのです。その傷をどのように自ら癒していくか・・・・・人生の半分はその連続ではないかと思います。特に私も年を取るにつれて親しい人が亡くなっていきますから、喪失体験も相当です。すでに母を亡くしていますしね・・・・・あの喪失体験は私の人生を変えるものでした。弱いものにとかく強い気持ちをもったチャイコフスキーにとって、ニコライの死は強い喪失体験だったはずで、そのナラティヴ・セラピーであるこの作品は、またピアノに高い演奏技術が要求されるだけ、ソリストもそれなりに構えて演奏する必要があるのかもしれませんが、それをみじんも感じさせないんです、この演奏。明るい部分はむしろ颯爽としていますし、さすがこの三人だよなあと思います。

あるいは、その高い演奏技術の要求こそ、チャイコフスキーが示した「偉大な芸術家」という暗号なのだとすれば、見事に掬い取ったこの演奏は、この三人の感受性の豊かさを、確かに証明するものであるといえましょう。

 


聴いている音源
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲
ピアノ三重奏曲イ短調作品50「偉大な芸術家の思い出」
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)
リン・ハレル(チェロ)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。