かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:ゴシック期の音楽1

神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、今回と次回の2回にわたりまして、ゴシック期の音楽を収録したアルバムをご紹介します。

なぜそんなものを借りたかと言いますと、ここに収録している作曲家は、すべて故白石先生が生前中央大学混声合唱団で定期演奏会でプログラムに載せたものだからです。メインはフォーレのレクイエムだったと思います。

その演奏会で、2プロで演奏されたのが、これらゴシック時代の作曲家たちだったのです。そこでの印象が強かったため、借りてきたというわけです。それにしても、県立図書館にまさかあろうとは・・・・・

2枚組になっていまして、まず1枚目はノートル・ダム楽派(1160頃~1250)とアルス・アンティクヮ(1250頃~1320)の二つが取り上げらており、作曲家もレオニヌス(レオナン)、ペロティヌス(ペロタン)が紹介されています。

挙げられた二人はノートル・ダム楽派で、あれ?アルス・アンティクヮは?と思いますよね?その作品は作曲者不明なので、具体的には名前が出されていません。

さて、まず整理しましょう。ゴシック期って、どんな時代なのか?ということです。まずこの2つの時代は、ルネサンスよりも古いということなのです。日本で言えば平安時代鎌倉時代。ちょうど琵琶法師が活躍した時代の作品なんです。すごいのは、その時代の楽譜などが、伝承されているということなんですね。

文書の古さとその量から言えば、実は日本のほうが西洋よりはるかに古いものが残り量も多いにもかかわらず、楽譜となるとあまり伝承されていないのが残念なところなのです。しかも琵琶法師となると本当に探すのが大変なのに、向こうではペロティヌスのがあるという・・・・・この差は何だろうなあって思います。決して我が国だって音楽が重要ではなかったわけではないはずなのですが・・・・・

音楽はとても素朴で、これは中大生はさぞかし面喰ったろうなあって思います。ルネサンスすらあまり聴いていない人たちが、ルネサンス音楽よりも古い素朴な音楽に触れたわけなんですから。それを取り上げる白石先生。真に惜しい人を亡くしたと思っています。

宗教曲であっても世俗曲であっても、生き生きとしているのが魅力です。そこに時代を超えた生命力をどれだけ受け取ることができたかと言えば、今演奏会を思い出してみても、微妙なところだったのではないかと思います。このアルバムの演奏はデイヴィッド・マンロウ指揮ロンドン古楽コンソート。彼らは普通にこんな作品があることを知っており、歌っている人たちですから、その内面性の表現は見事です。

ともすれば、我が国の団体だと、静謐に演奏しがちなんです、こういった曲を。けれどもロンドン古楽コンソートは決してそうはならず、静謐な中にも生命力あふれる演奏をするんです。八分音符と思わしき部分は跳ねますし。こういった演奏を聴きますと、社会主義だったはずなのになぜシュライヤー指揮シュターツカペレ・ドレスデンモーツァルトの戴冠ミサが生命力あふれる演奏だったのかが、わかってくるのです。ああ、こういった伝統に裏打ちされているんだな、と。

そしてその伝統は、さすがの社会主義でも奪うことができなかった、というわけです。できれば今年の正倉院展では、ペロティヌスより古いものが演奏としてライヴで再現されるような企画があるといいのになと思います。東京でも宝物が見られることはいいことなんですが・・・・・

 


聴いている音源
ゴシック期の音楽1

Ⅰ.ノートル・ダム楽派(1160頃~1250)
レオニヌス(レオナン)
2声のオルガヌム
①1.地上のすべての国々は
②2.アレルヤ、われら過越の羊
③3.乙女マリア、喜び給え
④4.この所を

ペロティヌス(ペロタン)
4声のオルガヌム
⑤1.地上のすべての国々は
⑥2.かしらたちは集まりて

Ⅱ.アルス・アンティクヮ(1250頃~1320)
モテトゥス
作曲者不詳
アレルヤもてほめ歌え
⑧いま愛は嘆く
⑨誰かが私を見てるかどうか
⑩苦難の海で
⑪おまえさん達、口を開けば
⑫五月、バラの花が咲きほこり
⑬支配者なる主よ
⑭五月には、つぐみが歌い
⑮おお、限りなくやさしき乙女マリアよ
⑯ホケトゥスⅠ-Ⅶ


デイヴィッド・マンロウ指揮
ロンドン古楽コンソート

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。