今回のマイ・コレは、フランス・ブリュッヘン指揮、18世紀オーケストラの「第九」です。これは私が始めて買った古楽演奏のCDです。
恐らく、学生時代であればチョイスしていなかったと思います。社会人になって、金銭的に余裕が出てきたからこそ、買い求めた一枚だと思います。
この組み合わせは既に「友人提供音源」でベートーヴェン・ツィクルスを取上げたときにご紹介していますが、これを買ったのはそれより前、ということになります。社会人一年目だったと記憶しています。
そして、ここから第九の収集癖に加え、珍演奏を探す旅も始まったといえるでしょう。そして、私を古楽へといざなうきっかけにもなりました。いろんな意味を持つ一枚です。
ピッチの違いは勿論私を驚かせた一因です。しかし、もっと驚いたことがあるのです。それは・・・・・
バリトンソロだけ、口語体であるということです。これは、先日も申し上げたサロネン/ロス・フィルのように徹底されているわけではないのですが、それよりも古楽演奏でそれをやってしまう、ブリュッヘンの気概に、私は感動しました。
古楽といいますとなんとなく物足りない思いを私も当時もっていました。すでにFMなどでは古楽演奏が盛んに流れ始めていましたし、珍しい演奏ではあるが、認知もされ始めた時代です。いわゆるホグウッドやノリントンなどがその代表選手でしたが、この演奏は基本的に楽譜に忠実という姿勢を貫き通しながら、一方で口語体を採用してしまうという、古楽の枠を超えた演奏です。
今から考えますと、私は最初にものすごい古楽演奏を聴いてしまったと思います。
ただ惜しむらくはバス・ソロのリズム。Deine zauber binden weider の部分のリズムが狂ってしまっています。ただ、それはおかしいと感じたのか、友人提供音源ではそれを修正しています。
先日ご紹介したロス・フィルでは口語体なのにリズムはそのままというところまで来ました。私の記憶が確かなら、この演奏より前に、CDとして記録されたなかで口語体と試した演奏はないはずです。その挑戦の歴史はようやく10年以上経って自然なものへと結実したと言っていい、と思います。
それにしても、そんな挑戦が、古楽で始まったというのも、古楽が当時おかれていた状況を考えるのに十分でしょう。確かに、ブームはあったが、演奏技術が伴っていなかったために、だめの烙印を押され、隅に追いやられた。しかし、このブリュッヘンをはじめ、クイケン、鈴木秀美(実は、この演奏でチェロを弾いています)、鈴木雅明、レオンハルトと言った人たちが、第九のごとく「そうではない、もっと素晴らしい音色があるはずだ!」と精進した結果、それほど古楽はだめではないということを証明したのです。
実際、私はこの演奏を聴いた時、テンポは若干速めではあったのですが、フレージングやアンサンブル、アインザッツが申し分ないのに、驚くとともに、満足でした。まだそれほど第九を聴いていたわけではなかったですが、それでも数枚聴いていた私はある程度耳を鍛えていましたから、そのあたりはききわけることが出来ましたが、それでもけっしてモダンに引けを取るものではないという感想を、当時はもとより、今でも持っています。
聴いているCD
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」
リン・ドーソン(ソプラノ)
ヤート・ファン・ネス(アルト)
アントニー・ロルフ・ジョンソン(テノール)
アイケ・ヴィルム・シュルテ(バス)
リスボン・グルベンキアン合唱団
フランス・ブリュッヘン指揮
18世紀オーケストラ
(Phlips PHCP-5135)