神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、アンドレ・イゾワール演奏のバッハ・オルガン作品全集を取り上げていますが、今回はその第14集を取り上げます。
まずは、第13集に収録された「クラヴィーア練習曲集第3部」の続き。まるでオンド・マルトノかと思わんばかりのサウンドが広がります。それもそのはず、オンド・マルトノ自体が鍵盤楽器ですから。
オンド・マルトノ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%8E
フランス人独特の「和声の色」というものがあるように私には思えるんです。この全集では決してひとつのオルガンにこだわらず、いい音色ではればヨーロッパのどこの教会でもという姿勢があり、それが私達の脳裏に焼き付いている固く重厚なバッハのオルガンサウンドとはちょっと違った、色彩感あふれるサウンドへと結実しているのではないでしょうか。
そしてそれは第3部の最終曲であるフーガ 変ホ長調BWV552bで華々しいフィナーレにつながっているように思います。音が圧倒するのではなく、よろこびの色に満ちた音に包まれるという感覚です。いやあ、気持ちよくて寝そう・・・・・おーい、出勤だぞー!
続く「高き御空よりわれは来たり」は宗教曲で有りつつもとても機能的な作品です。とはいえ、変奏曲なので変装を思い切り楽しむことができます。その次のライプツィヒのコラール集も秀逸な作品ばかりです。
いずれもイゾワールは自らの和声の色を信じて色彩豊かに演奏しているのがいいですね。バッハの作品に色などあるのか?とつい突っ込みたがる人もいらっしゃるかもしれません。しかし実際にこの演奏からはどの作品からも色が見えるんです。まるでオンド・マルトノのような。
考えてみれば、これらの作品はオルガンでもパイプ・オルガンのための作品たちです。パイプの数が一体いくつあるでしょう!その数多くのパイプを使うのがバッハの音楽だとすれば、色彩感あふれて当然だと言えるわけです。そこをイゾワールは愚直に引き出したに過ぎないとすれば、あまりにも精神性という内面だけで切り取ることが果たしていいのかどうかすら、私には思えるんです。だからこそずっと言ってきていますが、このイゾワールの演奏はおとなしく見えてじつはラディカルではないかと思うんです。
もういい加減、精神性という言葉の呪縛から、私達聴衆は解き放たれる必要があるのでは?と気付かされます。
聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
クラヴィーア練習曲集第3部(オルガンのためのミサ)
�@コラール「深き淵より、われ汝に呼ばわる」BWV687
�Aコラール「われらの救い主なるイエス・キリストは」BWV688
�Bフーガ・スーペル「われらの救い主なるイエス・キリストは」BWV689
�C4つのデュエット第1番ホ短調BWV802
�D4つのデュエット第2番ヘ長調BWV803
�E4つのデュエット第3番ト長調BWV804
�F4つのデュエット第4番イ短調BWV805
�Gフーガ 変ホ長調BWV552b
クリスマスコラールに基くカノン風変奏曲「高き御空よりわれは来たり」
�H第1変奏:カノン・アル・オッタヴァ
�I第2変奏:アリオ・モード・イン・カノン・アッラ・クィンタ
�J第3変奏:イン・カノン・アッラ・セッティマ
�K第4変奏:イン・カノン・アル・オッタヴァ・ペル・アウグメンタティオーネム
�L第5変奏:ラルタ・ソルテ・デル・カノン・アル・ロヴェルチオ。6度、3度、2度、9度。
ライプツィヒのコラール集
�Mコラール「いざ来ませ、異邦人の救い主」BWV659
�Nトリオ・スーペル「いざ来ませ、異邦人の救い主」BWV660
�Oコラール「いざ来ませ、異邦人の救い主」BWV661
�Pコラール「バビロンの流れのほとりに」BWV653
�Qコラール「おお、神の小羊、罪なくして」BWV656
アンドレ・イゾワール(オルガン)
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。
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