かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:ヴィヴァルディ 宗教音楽全集6

神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、ヴィヴァルディの宗教音楽全集を取り上げていますが、今回はその第6集です。

この第6集からは、合唱ではなく、オケと独唱によるものが並んでおり、その第1集という位置づけです。恐らくミサの間に演奏されたであろう、名作がずらりと並んでいます。

収録されているのは、主が家を建てられるのでなければ ト短調 RV.608、賛美歌 母なる教会よ、喜びたまえ  RV.613、サルヴェ・レジナ(「めでたし元后」) ハ短調 RV.616、サルヴェ・レジナ ヘ長調 RV.617の4曲ですが、それぞれの楽章はとても短い演奏時間で、全部を聴いても48分ほどで終わってしまいます。

それだけ、ミサ曲の間で挿入されて、演奏された可能性が高いってわけなんです。逆に言えば、それだけしか作曲させてもらえなかったのだろうと、私は推測するわけなんです。それはモーツァルトがウィーンに出た時の扱いと同じだから、です。今ではヴィヴァルディのほうが、イタリア・バロックでは圧倒的に有名ですが、当時はもっと有名なオーソリティが居て、ヴィヴァルディはその前座としか扱われなかった、と言う事なんです。

だからこそ、作品全体からすれば絶対数は多いにも関わらず、宗教音楽が占める比率は下がるというわけなんです。当然だと言えるでしょう。それはわが国でヴィヴァルディの世俗作品は数多い演奏機会や番組などで取り上げられる機会が多いですが、宗教曲となればせいぜいNHK・FMの「朝のバロック」か、毎日午後7時20分から放送される海外放送局の録音でたまたま取り上げられるか、という感じであるわけです。これは単に我が国がキリスト教の国ではないという事だけではないと私は思います。私達日本人の権威主義なのではないかって思っています。

この全集はそういった権威主義に対して、実は静かな反抗を企てているわけなんです。ミサ曲がないから取り上げない対象なのか?と言う事なんです。それはここに収録されている各曲を聴けば、違うよねっていうことは一目瞭然なんです。

だって、ヴィヴァルディがミサ曲をかけなかったのには、理由があるからです。しかしそれゆえに、宗教作品に関しては低い評価が与えられていないか?という問いかけであるわけです。

「庶民階級のヴィヴァルディが、やがて世に出て、さまざまな階級の人と引け目なく交わるには、聖職者になるのがもっとも確実な方法だった。 1688年、10歳で当時サン・マルコ大聖堂サン・マルコ広場を挟んで向かい合って建っていたサン・ジェミニアーノ教会付属学校に入学した。1693年、15歳で剃髪し、1699年、21歳で下級叙階を得て、1700年、22歳で助祭となり、翌1703年の3月25日に、25歳で司祭に叙階される。彼は「赤色」に因むRossi(ロッスィ)の綽名で呼ばれた父親と同じく赤い髪であったために、「赤毛の司祭」Il Prete Rosso(イル・プレーテ・ロッソ)と呼ばれた。

ところがヴィヴァルディには、生まれつき喘息と思われる持病があり、特に司祭としてミサの説教に立っている時に発作が起こると、ミサの続行が困難と成ることがたびたびあった。 こうしたことから、同年9月にはミサを挙げることを免除され、平服の在俗司祭となった。」

アントニオ・ヴィヴァルディ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3

この全集は、20世紀という時代が再評価を与えた、その結果として生み出されたものです。平服の司祭としてその職務を全うした一つの結果が、この第6集に収録されている、素晴らしいアリアによる作品の数々なのです。

演奏は、指揮は変らないんですがオケがコンセルトへボウ室内管弦楽団に代わっています。ソプラノのマーガレット・マーシャル、アルトのヨヘン・コワルスキともども、のびやかでドラマティックな歌声を披露してくれますし、オケも深みのある表現で、それぞれが神への賛美を誠実に演奏しているのがいいですね。全体としても奇をてらうことはせず、真正面から淡々と、しかししっかりとした内面性をもって演奏しているのは何とも私好みでいいです。誠実な演奏から内に秘める情熱がひしひしと伝わり、まさに「情熱と冷静の間」が絶妙!ともすれば静かに聴こえる演奏でも、どこか熱いものがほとばしるのを感じます。

その意味では、健康な宗教との向き合い方をしていると言えるのかもしれません。私たちに心の健康とは何かと、問いかけているかのようです。




聴いている音源
アントニオ・ヴィヴァルディ作曲
主が家を建てられるのでなければ ト短調 RV.608
賛美歌 母なる教会よ、喜びたまえ  RV.613
サルヴェ・レジナ(「めでたし元后」) ハ短調 RV.616
サルヴェ・レジナ ヘ長調 RV.617
マーガレット・マーシャル(ソプラノ)
ヨヘン・コワルスキ(アルト)
ジョン・コンスタブル(オルガン)
ラファエル・アルペルマン(オルガン)
ヴィットリオ・ネグリ指揮
コンセルトへボウ室内管弦楽団

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。




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