かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

コンサート雑感:Setagaya Quodlibet 第2回演奏会を聴いて

コンサート雑感、今回は平成28年7月23日に聴きに行きました、セタガヤ・クォドリベット第2回演奏会を取り上げます。場所は、日本基督教団聖ヶ丘教会。

第1回の時も、神田の教会で行ったのでした。

コンサート雑感:Setagaya Quodlibet 第1回演奏会を聴いて
http://yaplog.jp/yk6974/archive/1304

この時はたまたま通常仕事が休みの日でなおかつゴールデンウィークでした。ところが今回、第1回を聴きに行った状況であれば、仕事のはずの土曜日だったのです。ですが・・・・・

今年に入りましてから、実は土曜日は殆ど仕事明けにしているのです。ですから、馳せ参じることが可能になったのです(その代わり、日曜日は殆ど仕事になってしまったので、ハルオケさんやダズビ、ナデージダ、コア・アプラウスと言った団体は聴きに行けなくなってしまったのが残念です。でも、成功を常に祈念していますよ!)。

実は、先日行きました、大久保のコンサートのプログラムの中にチラシが入っていまして、即予定を確認したら、第4土曜日!なんと幸せなんでしょうか、本当に何も入らないタイミング!

コンサートへ行く予定を入れたのは当然の事でした(って、そこまで言うのか?)。だって、第1回の演奏がよかったんですから。

今回とりあげられたのは以下の3曲で、いずれも第1回同様、バッハ初期の作品で、ミュールハウゼンなどで作曲された作品ばかりです。

�@カンタータ第12番「泣き、嘆き、憂い、おののき」BWV12
�Aカンタータ第71番「神はわが王」BWV71
�Bカンタータ第21番「わが心には多くの憂いがあった」BWV21

今回も作品の解説は抜きにしますが、どうしてもという方は、過去に私がBCJの物を取り上げた時のエントリをご紹介しておきます。

マイ・コレクション:BCJ バッハ カンタータ全曲演奏シリーズ3
http://yaplog.jp/yk6974/archive/682

マイ・コレクション:BCJ バッハ カンタータ全曲演奏シリーズ2
http://yaplog.jp/yk6974/archive/676

マイ・コレクション:BCJバッハカンタータ全曲演奏シリーズ12
http://yaplog.jp/yk6974/archive/836

BCJも初期に取り上げていることが分かります。初期にという事は、BCJの場合は一つの方針を持ったうえで年代順に録音していくことが方針でしたから、当然だったと言えるでしょう。それを、セタガヤ・クォドリベットさんも踏襲した、という事になります。ただ、異なるのは、BCJはプロの集団で、バッハのカンタータは全曲取り上げるという方針を持った団体だったのですが、セタガヤ・クォドリベットさんは、全曲を採り上げなければならないなどに囚われず、歌いたい作品を採り上げるという点です。

今回の演奏における特徴は、第1回のようにソリストの部分を幾人かで歌うのではなく、ガチンコでバロック時代の通りに合唱団員がソリストを務めたと言う点です。アマチュアでこれに挑戦するのは本当に大変であるはずですが、みごとなチャレンジだったと思います。さらに今回はBCJのようにオケもつきました。特に第71番の祝祭性はオケ有ればこそと思います。

そしてその結果はおおむねOK!体調不良などで歌いきれない部分も、第12番ではありましたが、でもレチタティーヴォはよかったですし、アマチュアでもここまでできるんだ!という発見をさせてくれたように思います。その点では、かつてフィリアホールに聴きに行きました、PMF合唱団の第九の時のような感動と発見を得て、とても幸せでした。あの時は第4楽章練習番号Mのところで、男泣きに泣いたっけ・・・・・

特に合唱部分は本当に美しく、アマチュアを聴いているのかと疑うくらいでした。第12番と第21番は必ずしも明るくなくむしろテーマは重いので暗いのですが、合唱部分はのびのびとして美しく、聖書の世界がそこに降りてきたように感じました。オケも特に第71番ではあって良かったと思いますし、祝祭性が存分に表現されていたと思います。勿論、ホールが教会の聖堂であったという事もあるのでしょうが、神田教会の時同様音はコンサートホール程は響かないところでそう感じたのですから、やはり実力の結果だと思います。

とは言え、聖ヶ丘教会の「会堂」は神田教会よりは響きがしっかりとある聖堂です。むしろ人が多いので響きにくくなっていたのではないかという気すらします。

http://uccj.org/

http://www.hijirigaoka.jp/

私はカトリックの教会では歌ったことがあるのですが、プロテスタントの教会ではないんです。鷺沼サレジオ教会は舞台に立ったことのある教会ですが、良く響いていたことを思い出します。また、モーツァルトの「戴冠ミサ」を聴きに行った武蔵中原の教会も、良く響いていました。

で、神田と今回の渋谷・聖ヶ丘は、それほど響かないホールです。どちらも新しい建物であるのに、それほど響かないということは、プロテスタントの教会とはそういうものであり、その残響時間の中で、カンタータやモテット、コラールが歌われていると考えるのが相当である、と思います。

その点で、今回の演奏も、第1回同様、バッハが作曲した当時の「響き」が想定できると言う点で、優れた演奏であると言えるでしょう。もしBCJがバッハのカンタータ全曲を再録するとなれば、ホールは神戸松陰女子大のチャペルにこだわらず、全国のプロテスタントの教会で行うという事もやっていいのではないかと思います。それだけの問題提起がなされるべき演奏ではないかと思います。

団員から教会でという事になったのか、それとも指揮している青木氏からなのかはわかりませんが、団員の中にクリスチャンがいらっしゃるようで、それはとてもいいことだと思います。信者であれば、教会を選択するのは普通でしょう。満員で前が観にくいという難点はありましたが、それをマイナスとは感じさせない、演奏力とホール選択だったと思います。バッハが初演した時はこんなもんだったことでしょう。それを体感できただけでも素晴らしい経験でした。特に第21番ではソリストも素晴らしく、一体どこに文句のつけようがありましょうや。

大学時代に、寺院に仏像を見に行くのはどうしてだか知ってる?と先輩に訊かれて、早20数年が経とうとしています。その答えを、セタガヤ・クォドリベットさんはしっかりと持っていらっしゃいます。そして、私もその答えを、今ならはっきりと返答できることでしょう。先輩、本来あるべき場所で拝観することが、仏像の存在意義だからでしょ?と。そしてそれは、今回のコンサートのプログラムである、第12番、第71番、そして第21番も同様であると言えます。

こんな団体に入り・・・・・たいですが、わたし自身はもう少し吟味の時間をいただきたく思います。ただ、セタガヤ・クォドリベットさんであれば、史跡研究会を社会人として参加しているような感覚に成れるのではないかとは、思っています。取りあえず、今後もコンサートに足を運べれば、幸いです。私にとってはバッハを聴きに行くだけではなく、大学時代に奈良の寺院を歩きまわったような、スピリチュアルな経験の場所、なのです。その学生時代の幸せを再び味あわせて下さった素晴らしい演奏に、感謝です!





聴きに行った演奏会
Setagaya Quodlibet 第2回演奏会
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
カンタータ第12番「泣き、嘆き、憂い、おののき」BWV12
カンタータ第71番「神はわが王」BWV71
カンタータ第21番「わが心には多くの憂いがあった」BWV21
青木洋也(カウンターテナー、指揮)
Setagaya Quodlibet オーケストラ・合唱団

平成28(2016)年7月23日、東京、渋谷、日本基督教団聖ヶ丘教会会堂

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。




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