かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

コンサート雑感:声楽アンサンブル オリエンス 第7回定期演奏会

コンサート雑感、今回は平成28年4月23日に聴きに行きました、声楽アンサンブル オリエンスの第7回定期演奏会をご紹介します。場所は、大久保の淀橋教会。

このコンサートを聴きに行こうと思ったきっかけは二つです。まず、プログラムが大バッハの祖父など、息子ではなくそれよりも古い時代の作品で大バッハに繋がるものであることであり、二つ目が会場が教会であるという事です。

このブログでも、大バッハ、つまりヨハン・セバスティアン・バッハの息子達については取り上げていますが、その父や祖父と言った人たちはまだです。その点から、面白そうであると感じたのが一点、そして以前から教会におけるコンサートは取り上げていますが、今回もその古い時代の教会音楽が、教会で演奏されるということが一点なのです。

もっとコアなことを言えば、会場が淀橋教会であるという事も、理由の一つです。なぜなら、淀橋教会はプロテスタントの教会だからです。

http://www.yodobashi-church.com/

バッハの作品が数多く演奏される日本においても、その作品を教会で聴くと言う機会は、BCJが神戸で行うコンサート以外は、あまりないのが実情です。かつ、その教会がバッハが奉職したトーマス教会と同じプロテスタントというというのもです。

日本で頻繁に会場として使われる教会は、西はBCJが使う松蔭女子学院大学チャペル、東は関口教会東京カテドラルが有名ですが、松蔭女子学院聖公会、つまり世界史で習うイギリス国教会で正確にはプロテスタントではなく、カトリックプロテスタントの中間という位置づけですし、関口教会は完全にカトリックです。

神戸松蔭女子学院大学の歴史と教育の特色
http://www.shoin.ac.jp/guide/philosophy/idea.html

http://cathedral-sekiguchi.jp/

ですが、淀橋教会は完全にプロテスタントです。プロテスタントの教会でバッハに連なる系譜の作品を演奏するということは、ある意味作品が作曲された時代や現場に近い雰囲気を持つという事になります。

私は大学時代、いくつもの寺院をめぐり、仏像を見てきました。それは本来仏像があるべき場所で拝観をするという事になります。僧侶からもそういった宗教的な話をいくつ聞いたことでしょうか。だからこそ、大バッハに連なる一族、つまりプロテスタントの作品をプロテスタントの教会で聴きたいというのは、私の中でごく自然な事だったのです。それがこの演奏会に足を運んだ大きな理由でした。

さて、その演奏会ですが、演奏された作曲者は、ヨハン・クリストフ・バッハ、ヨハン・ミヒャエル・バッハ、ヨハン・ルートヴィヒ・バッハ、シャイン、シュッツ、ローゼンミュラーと、ドイツ・バロック最後を飾るそうそうたる作曲家の作品が集められたものでした。

前半はヨハン・クリストフ・バッハの作品が主に取り上げられたました。私は当日夜勤明けで、実はそのヨハン・クリストフから聴くことができました。ですので、その前に演奏された作曲者不詳の3曲については、コメントすることができません。ただ、外で聴いた「今すべての苦しみから解き放たれる」は何処か大バッハのコラールを想起させるもので、大バッハがより古い時代のコラールを大切に扱っていたことがよく分かる者であったのが幸いです。それだけでも、価値があると言うものです。

そのヨハン・クリストフ・バッハのコラールもまた、作曲者不詳のものと同じく大バッハが使っているコラール同様の雰囲気を持ちます。それはある意味当たり前で、二人とも自分より古いコラールをもとに作曲をしているからです。しかし若干の差はあり、ヨハン・クリストフは大バッハに比べればリズミカルではない部分もあります。がしかしそれでもしっかりとリズムが刻まれており、バロック的な「動き」はあるものです。「ああ、私の心の奥底が十分な水に満たされ」は動きとその音型がドラマティックで、大バッハの作品と言われている中にはヨハン・クリストフの作品も交じっているというウィキの記述を裏付けるものです。

ヨハン・クリストフ・バッハ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F

ヨハン・ミヒャエル・バッハ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%92%E3%83%A3%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F

ヨハン・ルートヴィヒ・バッハ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F

指揮する小笠原氏がそのままソリストとなったのにはバロック的で特段驚きませんでしたが、その実力は素晴らしく、特に高音の伸びが素晴らしい!解釈も情熱的で、作品に込められた熱い信仰心が伝わってきました。

後半はまずシャインとシュッツの作品。そしてその後に大バッハのコラール「キリストはわたしの生命(いのち)」が。さらにオルガンの名作ノイマイスター・コラール集から。その次にヨハン・ミヒャエル・バッハの、シュッツと同名のコラールを。ヨハン・ルートヴィヒ、ローゼンミュラー、そして最後がヨハン・ミヒャエルで締めるという内容。合唱団は活き活きとしていて、のびやかなのが素晴らしいです。

後半の作品群は明らかに、バッハの先祖以外の作曲家も関連していることを表わしており、大バッハの叔父やまたその叔父などよりも早い時代のシュッツの作品を並べることで、音楽史の変遷を知るだけでなく、時代の特徴がありながらも、ひたすらに宗教作品に取り組んだ作曲者たちの想いが伝わるプログラムは、とても新鮮でかつ幸せなのものでした。

ハインリヒ・シュッツ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%83%E3%83%84

ヨハン・シャイン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%B3

ヨハン・ローゼンミュラー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%BC

合唱団もソリストもともに生き生きとしており、合唱団はアマチュアでありながらアンサンブルが素晴らしく、また発声もバロック的でアマチュアのレヴェルであれば殆ど合格と言っていいほどです。各パート4名ずつという少数精鋭が良い効果をもたらしているのでしょう。まるで混声合唱による弦楽八重奏曲を聴いているようです。

楽器はオルガンとリコーダー、つまりフルートという誠に質素ながらもバロック的な編成。作品が作られた時代はこんなくらいだよなあと思いながら、ホールの残響を気にしながら聴く私が居ました。実は、あまり響かないホールです。

http://www.yodobashi-church.com/aboutus4.html

淀橋教会にはいくつかホールがありますが、今回使われたのは小原記念チャペル。恐らく残響は1.5秒くらいかなと思います。しかし音はとても柔らかく響くのですね。小さくもそこにプロテスタントの「世界」が現出するような作りになっているなあと思いました。そしてだからこそ、恐らく初演の時などはこんな残響であったろうと思いをはせたのです。

なぜならば、この作品群が作曲された時代は、それほど大きなホールなど少なく、会衆が集う機会に演奏されたことを考えますと、恐らく小原記念チャペルくらいの大きさと残響のホールで演奏されたであろうと想像できるからです。その中で響く合唱団のアンサンブルとオルガン、そしてリコーダー。美しい・・・・・

特にリコーダーがこれほどきれいな響きを出す楽器であるということを教えられたホールはありません。義務教育で習うリコーダーが、きちんとした素材できちんと演奏されれば素晴らしい響きが生まれ、世界が広がるのだということをまざまざと見せつけられたように思います。ソリストの古橋氏に敬意を表します。

最後のヨハン・ミヒャエルの「愛すべき日よ、いらっしゃい」も想いがこもった素晴らしい演奏で、心が幸せで満たされたのが本当に素晴らしい経験でした。大バッハ以外の作品は初めて聴くにも関わらず、質素ながらも熱気のある「世界」を見ることができたのはよかったです。

作品と演奏される「場所」がこれほどぴったり合っていると思った演奏会はありません。この団体は少人数ですが熱心なファンが多いようで、会場は満員でした。オーケストラの人たちはあまり合唱には興味がないかもしれませんが、ホール選びという点でとても参考になる団体だと思います。是非とも一度足を運ばれることをお奨めします。私も次の機会があれば、再び行きたいと思った団体でした。「オリエンス」という名にふさわしい団体だと思います。




聴いてきた演奏会
声楽アンサンブル オリエンス 第7回定期演奏会
作曲者不詳
「わたしの死を泣かないで」
「私達の人生は影のようなもの」
「今すべての苦しみから解き放たれる」
ヨハン・クリストフ・バッハ作曲
プレリュードとフーガ変ホ長調
「神に従う人は、若死にしても安らかに憩う」
「泣き声とともにこの嘆きに満ちた人生が始まる」
「ああ、わたしの心の奥底が十分な水に満たされ」
「恐れるな、わたしはあなたを購う」
「わたしの人生の最期の時が来た」
ヨハン・ヘルマン・シャイン作曲
「祝福してくださるまで離れません」
ハインリッヒ・シュッツ作曲
「私は知っている、私を購う方は生きておられ」
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
「キリストは私の生命」
ノイマイスター・コラール集より
ヨハン・ミヒャエル・バッハ作曲
「私は知っている、私を購う方は生きておられ」
ヨハン・ルートヴィヒ・バッハ作曲
「私たちの一時の軽い艱難は」
ヨハン・ローゼンミュラー作曲
2声のソナタ第1番
ヨハン・ミヒャエル・バッハ作曲
「御子イエスの血によって」
「地方であなたを愛していなければ」
「愛すべき日よ、いらっしゃい」
古橋潤一(リコーダー)
能登伊津子(オルガン)
小笠原美敬指揮、バリトン
声楽アンサンブル・オリエンス

平成28年4月23日、東京新宿、ウェスレアン・ホーリネス教団 淀橋教会 小原記念チャペル

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。




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