かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第5番イ長調作品18-5

今日はベートーヴェン弦楽四重奏曲第5番です。4番とはがらっと変わって明るく、特に第1楽章などは親しい人との挨拶だろうかと思うほど、疲れたときに聴いても「うん、最近何となく楽しいんだ〜」なーんて言ってしまいそうなくらいです(いや、実際は・・・・・・とーっても疲れています!)。

一言で言いますと、「とても素敵ですばらしいのですが、ベートーヴェンらしくない」。

第4楽章の最後などの終止を見ても、あまりベートーヴェンがやらない終わり方ですし、何となくらしくないなあ、と。

で、いつもの通り確認のためにウィキペディアを見てみますと、この曲の特徴として、モーツァルト弦楽四重奏曲第18番に曲想や内容が似ている、と言うのです。

本当かな〜

で、一緒に聴いてみました、モーツァルトの第18番。おや、こちらのほうがベートーヴェンらしい・・・・・

でも、それは間違いなくモーツァルトです。確かに、各楽章は似ていて、もしかするとこの曲をベートーヴェンが研究したのかな、という仮定はできるとは思います。

実際、モーツァルトの第18番はハイドンセットの5番目。献呈もハイドンです。だとすると、この時期のベートーヴェンの師匠がハイドンであるということを考えると、ベートーヴェンハイドン・セットを研究してこの作品18群を書いたとしてもなんら不思議はありません。

さらに言えば、この曲にはもう一人、影響をおよぼしている作曲家がいるように思われます。これはあくまでも私の仮説ですが・・・・・

それは、バッハです。理由は、第3楽章にコラールが使われている点です。ウィキペディアではこう書かれています。

「第4変奏はppによるコラールで、主題の和声自体が変えられ、変奏曲に彩を与えている。」

その後が特徴的なメロディで、それがとてもモーツァルトに似ているのですが、ここでベートーヴェンがコラールをなぜ入れたのか。

コラールはキリスト教でも、プロテスタントで使われる曲です。カトリックではめったに歌われません。しかし、この曲はすでにウィーンで作曲されているのに、コラールを使っているのです。

ウィキではそのあたりはまったく触れられていません。しかし、コラールを使っていると言うことは、ベートーヴェンがこの時期コラールに縁があったということを示します。確かに彼の祖国はドイツですから、コラールを聴いていてもおかしくはないですが、それを曲に使うと言うことは並大抵のことではないのです。バッハなりの音楽に触れていなければ、採用するかどうかは分からないと思うのです

そう考えますと、この曲はベートーヴェンがいろんな作曲家に触れて作った曲、と言うことができるかもしれません。

少なくとも、モーツァルトの第18番はかなり影響をおよぼしていることは明らかなような気がします。実は、私はいつもmp3で聴いて書いていますが、iTunesで聴いていますと、第5番とモーツァルトの第18番との各楽章どうしの時間を比べてみますと、全体の中での比率が似ているのです。単に音楽的な内容や構成だけでみれば違うと反論できても、こう数字で表されると、はっきりとモーツァルトの影響を見ることができるような気がします。

一応、私の聴いている音源の時間を書き出しておきます。ちなみに、モーツァルトの第18番の演奏はハーゲン四重奏団です。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第5番イ長調作品18-5
第1楽章:6分41秒(約24%)
第2楽章:4分22秒(約15%)
第3楽章:9分54秒(約36%)
第4楽章:6分48秒(約25%)

モーツァルト 弦楽四重奏曲第18番イ長調K.464
第1楽章:7分31秒(約24%)
第2楽章:5分57秒(約19%)
第3楽章:11分13秒(約36%)
第4楽章:6分42秒(約21%)

実際、一緒に通して聴いてみますと、どっちがどっちだか分からなくなるくらいなのが面白いですね。