かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:R.シュトラウス 管弦楽作品全集6

神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、シリーズで取り上げていますリヒャルト・シュトラウス管弦楽作品全集、今回はその第6集を取り上げます。

この第6集では交響詩からは離れて、オペラ「サロメ」の音楽、「町人貴族」、「泡立ちクリーム」、最後に「ヨゼフ伝説」が取り上げられています。

リヒャルト・シュトラウスの作品の中では、知られてはいるけれども知名度としてはオペラや交響詩等に比べると劣る作品たちがずらりと並んでいますが、私にはある共通点が見えるのです。それは、「踊り」。

まず「サロメ」。「7つのヴェールの踊り」が収録されています。そもそもサロメと言えば新約聖書を題材にしたオペラですが、じつはこのオペラもリヒャルト・シュトラウスの批判精神から成立したものと言えるでしょう。

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官能的がなぜ批判精神なのか?例えばです、現代日本でAV(アダルトヴィデオ)はどのような位置づけでしょう?かなりエロで背徳ってイメージですよね?実はサロメもそういった視点で語られることが多かったのです、作曲当時のオーストリア・ハンガリー帝国では。それを取り上げるということは、ともすれば社会に対する問いかけになり、反体制ともとられかねない行動でした。だからなのです。

その中でも、官能的と言われるダンスを取り上げたのが「7つのヴェールの踊り」です。舞曲というバロック以来の伝統を使って、当時の社会に問題を投げかけたのです。

2曲目の「町人貴族」。そもそもはバロック時代の戯曲です。そしてその音楽には先人がいます。フランスバロックの巨匠、リュリです。フランス6人組であるドビュッシーが温故知新としてピアノ作品で取り上げた作曲家ですが、あえてリヒャルト・シュトラウスに作曲の依頼がなされたのでした。

ja.wikipedia.org

このアルバムに収録されている組曲が成立するのは上記ウィキの通り紆余曲折がありますが、このアルバムが踏まえているのは、じつはその先人リュリをリヒャルト・シュトラウスが存分に踏まえているという点なのです。どこかウィンナワルツ的な部分もあれば、フランス宮廷的な感じもあり、ほんとに全部リヒャルト・シュトラウスの創作?って思うくらいです。リュリのほうを聴いてないので即断はできませんが、リュリから引用している可能性は否定できません。

そのうえで、組曲の中には「クーラント」があります。これ、ドイツ風という舞曲なのです。ここでも舞曲が顔を出しています。そしてその舞曲がなんと諧謔的か!リヒャルト・シュトラウスは舞曲を使って原作が持つ皮肉的な部分を存分に表現しているという点で、じつは「サロメ」と共通するものを持っています。

3曲目が「泡立ちクリーム」。何のことって思うかもしれませんが、私は実は大体わかっていました。小さいころ母がケーキを作る手伝いをさせられていましたのでwで、検索したらやはり、ホイップクリームのこと。子供がお菓子の世界に迷い込んでいくという内容をバレエで表現したもの。これはあからさまに舞曲であるわけです。その楽しさはチャイコフスキーの「くるみ割り人形」のようなかわいらしさと、同じようにゲームの世界に入り込んでいく様子を変わった視点で描いて見せたハリウッド映画「シュガーラッシュ」のようです。

ameblo.jp

最後が「ヨセフ伝説」。これも旧約聖書に題材をとる作品ですが、バレエ音楽なので舞曲。官能と清潔とのコントラストがテーマです。

www.age.ne.jp

ね、全部舞曲でしょ?つまり、第6集のテーマは「リヒャルト・シュトラウスの舞曲」だということになります。そして前半2曲には当時の社会に対する批判精神が備わり、後半2曲には壮大な作品からは想像できないリヒャルト・シュトラウスのもう一つの顔が見えてくるから、面白いのです。

そんな作品群を、ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデンという歌劇場オケで聴くというのも、また乙なものです。つまり、この4曲はすべてコンサートホールではなく劇場で奏される作品だからです。「町人貴族」はもともとはオペラですしね。鳴れている感じがまた楽しい!特に「町人貴族」と「泡立ちクリーム」はもしかするとオケも存分に楽しんでる?って思ってしまうくらい、ぶっ飛んだ部分も散見されるんです。ケンペのタクトが奏させている部分もあるかもしれませんね。いずれにしても、指揮者もオケも楽しんでいるような感じが受け取れるだけに、さらに楽しい~wwwwww

楽しいのなら精神性はないだろうって?では訊きますが、人間が楽しいと感じるのはどこで感じるのですか?皮膚でそう感じるんですか?たとえそうだとしても、楽しいという意思を思うのは体のどこでしょう?脳ではないでしょうか。そしてその脳で感じたことが、人間の内面性を形作るのではないでしょうか?いずれにしても、楽しいと感じるのは人間の内面です。それが精神性でなくて一体何でしょうか?魂で感じることは精神性につながることなのでは?なら、精神性がないという批判は当たりません。こういった楽しさもまた、人間にとって大切な精神性であるがゆえに、これらの作品は光を放つのだと思います。

そもそも、その楽しさが人間の魂が感じている以上内面性だからこそ、舞曲は伝統的な一ジャンルとして、クラシック音楽の歴史において紡がれてきたのではないでしょうか。なら、リヒャルト・シュトラウスは精神性を表現する一つの手段として、舞曲を受け取ったに過ぎないのです。偉大な「中継ぎ」だと思います。そして、それを21世紀にクローザーを輩出すべきではないと私は思っています。まだまだクラシック音楽という「野球」は9回裏ではないですから。

 


聴いている音源
リヒャルト・シュトラウス作曲
オペラ「サロメ」作品54より 7つのヴェールの踊り
組曲「町人貴族」作品60
泡立ちクリーム作品70より ワルツ
ヨゼフ伝説作品63 交響的断章
ルドルフ・ケンぺ指揮
シュターツカペレ・ドレスデン

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