かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:クレメンティ ピアノ協奏曲・二つの交響曲集 他

今月のお買いもの、平成27年6月に購入したものをご紹介しましょう。今回は新宿ディスクユニオン新宿クラシック館にて購入しました、クレメンティのピアノ協奏曲と交響曲集をご紹介します。

クレメンティに関しては、幾度かご紹介しておりますが、今回はピアノ協奏曲と交響曲です。

え〜、また交響曲ですか〜、聴き比べ何ですよねっていう、ア・ナ・タ。実は今回ご紹介する交響曲は、以前ご紹介したものとは異なるんです。

このアルバム(3曲目と最後4曲目)に収録されている交響曲は、以前からクレメンティ作曲と知られていたものなのです。

ムツィオ・クレメンティ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%84%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3

交響曲なのであえてピティナではなくウィキを上げますが、「作品」の項目に、作品18の二つが紹介されているかと思います。小編成オーケストラ曲とあるのが、交響曲なのです。

交響曲は第3楽章がスケルツォだから、これは交響曲でなないとウィキは言いたいのかもしれませんが、この二つの作品が成立したのは、1787年です。ちょうどハイドンモーツァルトが活躍していた時代です。その時代の交響曲と言えば、第3楽章はまず間違いなくメヌエットです。

で、この二つの作品も、第3楽章はメヌエットになっており、交響曲と言ってもいいかと思います。勿論、小編成オーケストラ曲としてもいいかもしれませんが・・・・・・

というのは、じつはそれを深く突っ込めば、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」も交響曲に入る可能性があるからなのです。なら、まあ、ウィキはそのままにしておいて、私は交響曲という説を取る、というほうがいいでしょう。管楽器も編成の中には入っていますし、十分に交響曲と言ってもいいのではないかと思うからです。

以前から、クレメンティ交響曲と言えば、この二つを指したようで、それ以外は失われていたとのこと。私はその失われていたほうを先に聴いてしまったのですね・・・・・

で、二つの交響曲と言えば、小編成とは言え、堂々たる作品で、これがハイドンの影に隠れてしまったのか―と、不思議なくらいです。もしかすると、モーツァルトがはじめあまり高い評価をされなかったのと、同じ理由だろうかと思っています。つまり、クレメンティモーツァルトとは4つしか年が違わず、キャリアとしてはハイドンよりも後となるからです。

如何にも後からハイドンが登場したように様々なところで書かれていますが、むしろハイドン交響曲を書き始めたほうが早かったのです。

ハイドン交響曲一覧
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E4%B8%80%E8%A6%A7

ハイドン交響曲
http://www.kanzaki.com/music/mw/sym/haydn

クレメンティが登場したころには、すでにハイドンは「ザロモン・セット」を残すのみだけの数、つまりは92もの交響曲を書いてしまっていたのでした。それを引っ提げて、ロンドンにやってきたのです。まだ若造のクレメンティなど、いくらイギリス滞在が長いからと言って、相手にされるはずもないわけです・・・・・

勿論、意地悪なども受けたことでしょう。それは想像に難くありません。むしろ、モーツァルトが受けた「仕打ち」を考えれば、それは当然クレメンティもと考えることができるのが自然でしょう。

ですから、残った数も少なかったと言えるでしょう。それだけ、クレメンティは様々なことに顔を突っ込んでいて、むしろハイドンよりも多才でした。ハイドンは音楽の道一筋でしたが、クレメンティはその周辺の「事業」も手掛けたのですから。その結果、ロンドンには最初のフィルハーモニーが出来、そしてそれが後年、ベートーヴェンの第九を委嘱するのですから・・・・・

むしろ、クレメンティベートーヴェンモーツァルトと共に、ピアノの発展と、それによる新しい音楽の普及に資力した作曲家だと言えるでしょう。しかしその割には、ピアノ協奏曲は1曲しか残されておらず、その1曲がこのアルバムの第1曲目なのです。

伝記では、オーケストレーションはシェンクの手によるものだとの記述がありますが、ピティナでは単に作品33-3の編曲とだけあります。実際、ピアノ・ソナタ作品33-3と同じ番号が振られています。

クレメンティは決して凡庸な作曲家ではなかったですから、当然モーツァルトのように、自作を編曲するということはやったことでしょう。それはモーツァルトと同じ年代であり、むしろ4つ年上であれば、自然であっただろうと思います。モーツァルトクリスティアン・バッハからバロックの教えも受けたことを考えれば、クレメンティも同じ師ではなかったであろうにせよ、バロックの伝統を受け継いでいたであろうと考えられるからです。

ピアノ・ソナタをご紹介した時に、前古典派的な音楽があると言及したかと思いますが、それは言い換えれば多感様式であるわけで、バロックの息吹がまだ残っていることを意味します。ですから、オーケストレーションも含めて、バッハのように自分で編曲した可能性もある訳なのです。あるいは、交響曲を作曲したが、それをより多くの人に聴いてほしくて、得意のピアノへ編曲したという可能性も、否定できないのです。モーツァルトがピアノ協奏曲第14番をピアノ四重奏曲へと編曲したように・・・・・

カップリングの交響曲と比べれば、多少ピアノ協奏曲のオーケストレーションの巨大さと荘厳さが目立ちますが、実際失われた4つの交響曲を聴いた後だと、ピティナの意見のほうが正しいような気もします。つまり、オーケストレーションも含め、クレメンティの自作であり、ピアノ・ソナタからの編曲、或はその逆ではないか、という説です。

カップリングの2つの交響曲のように生き生きとした作品であり、聴いていてわくわくする作品です。

もう1曲の、メヌエット・パストラーレ ニ長調オーケストレーション的にあっさりとしていて、これも作品18のような小編成の作品の一部だったのではなかろうかと思わんばかりの作品です。ソナチネも作品番号がしっかりとついているクレメンティにしては珍しいWoO番号ですが、なるほど、多少できとしてはだな〜とおもいます。クレメンティにもきちんと作品番号を付ける、つけないの基準があったことを示す作品だと言えるでしょう。それでも、ゆったりとしていて、美しい作品です。

オケはクレメンティの祖国イタリアのオケで、指揮者もピアニストも同様です。ホールのせいなのか、残響の響きまでが透き通っていて、爽快さすらあります。クレメンティの作品をしっかりと演奏すれば、何ら同時代の作曲家に引けを取ることはないんだという気概に満ちています。編成を自由自在にして、クレメンティの初期の作品の、若く生き生きとした息吹を、十分私達聴衆につたえています。

クレメンティとは、これほど素晴らしい作曲家だったのか、と・・・・・モーツァルトは酷評したが、でもベートーヴェンはそのピアニズムは高く評価していますが、何か?と、自信をもって私たちに示しているように思います。




聴いているCD
ムツィオ・クレメンティ作曲
ピアノ協奏曲ハ長調作品33-3
メヌエット・パストラーレ ニ長調WoO.36
交響曲変ロ長調作品18-1
交響曲ニ長調作品18-2
ブルーノ・カニーノ(ピアノ)
フランチェスコ・ラ・ヴェッキア指揮
ローマ交響楽団
(Naxos 8.573273)

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。




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