かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:コレッリ 合奏協奏曲集2

神奈川県立図書館所蔵CD、コレッリの合奏協奏曲集の第2集をご紹介することにします。イ・ムジチ合奏団他の演奏です。

この第2集には、有名な「クリスマス協奏曲」が含まれています。実はこれが、「教会コンチェルト」であるとご存じだった方はどれほどいらっしゃいますでしょうか。

ネットで検索しますと、意外なんですがコレッリの合奏協奏曲集はなかなかヒットしません。代わりにヘンデルがヒットしてしまうという、何ともかわいそうな結果になってしまっています。

私はむしろ、合奏協奏曲と言えばコレッリだったのですが・・・・・だからこそ、借りたのですから(もちろん今はヘンデルのものにも興味が向いています)。

この音源を借りました当時、とにかくバッハより古いバロック音楽が聴きたくて仕方なかったのです。ブログを書くようになって、バッハはバロック音楽最盛期の作曲家ではないのだとはっきり悟ってから、では最盛期の音楽とはいったいどんなものだったのだろうという興味に駆られたのです。それを刺激したのは他でもない、牛込の獅子舞でした。

コレッリの音楽には奇をてらうものがありません。にも拘らず、私に強烈な印象を残す結果となったのが、この第2集に収めれらている一番有名な「クリスマス協奏曲」である第8番だったのです。

この第8番がクリスマス協奏曲と呼ばれる所以は、まずこの作品がコレッリが自ら「キリスト降誕の夜のために作曲されたfatto perta notta di Natale」と記していることにちなむものですが、さらに最終曲がパストラーレになっているという点にもあるのです。

これにつきましては、以前からもこのブログでも言及してきましたが、私はこの音源で教えていただいたのです。勿論、その解説書で、です。

以前、ハイドン弦楽四重奏曲を取り上げた時、シシリアーノとパストラーレについては言及しています。この二つが同時に使われているということは、クリスマスを意味するのだと。

神奈川県立図書館所蔵CD:ハイドン弦楽四重奏曲全集11
http://yaplog.jp/yk6974/archive/537

今回の音源を借りましたのがそのエントリを上げる1か月ほど前です。そのため、こう言及したのです。

「まずロシア四重奏曲第5番である第41番ですが、最終楽章にシチリアーノが使われている愛らしい曲です。シチリアーノと言えばいわゆるシチリア舞曲でして、とても優雅な舞曲です。これがパストラーレの中で使われますとクリスマス用になるわけなのですが、この曲はどうやら単独で使われているので、そうではないようです。単に優雅な雰囲気をかもし出したいという目的のようです。そのシチリアーノを使った変奏曲となっています。

シチリアーノはいろんな作曲家が使っていますが、特に有名なのはコレッリモーツァルトフォーレでしょう。コレッリは合奏協奏曲第8番「クリスマス協奏曲」で、モーツァルトはピアノ協奏曲第23番で、フォーレは文字通り「シシリエンヌ」で使っています。」

まず、なぜパストラーレなのかといえば、聖書ではキリスト降誕時牧童が笛を吹いたという記述にもとづき中世教会で礼拝の時にその様子を表わすために田園風の音楽をつけたことに由来します。さらに、イタリアではクリスマスの朝に近郊の町からあつまった羊飼いたちがバグパイプのような楽器「ビッフェロ」でシシリア舞曲を演奏したことに由来します。コレッリの時代はこの二つのことからパストラーレにシシリアーノがセットで使われるようになり、そのため「クリスマス協奏曲」と言われるのです。

その視点からは、なるほどこの曲が教会協奏曲で作曲されているのかが理解できます。コレッリの時代、教会で世俗楽器を使った演奏がなされるようになっており、その中に協奏曲も含まれます。モーツァルトの時代に「教会ソナタ」が演奏されたのはこういったバロックの名残りなのです。

コレッリの教会協奏曲はどんな儀式や目的で使われたかがはっきりしない曲が多い中、クリスマス協奏曲だけははっきりとクリスマスの時期のためのだと言える、珍しい作品だと言えます。この伝統はバッハやヘンデルへと受け継がれ、例えばヘンデルのオラトリオ「メサイア」のピファ(田園交響曲)へとつながっていきます。ベートーヴェン交響曲第6番とは直接つながらないですが、ハイリゲンシュタットの遺書の後に作曲された交響曲という意味合いからすれば、全く無関係とは言い難いと思います。つまり、一度「死んだ」ベートーヴェンが復活するという意味を持つのですから。

そして、この第8番までが教会協奏曲であり、第9番から第12番までは室内協奏曲の様式となっています。では、その二つに様式上の違いはあるのかといえば、当然あります。教会協奏曲は急と緩徐が交互に来るものを言い、室内協奏曲はもう少し崩れています。しかし、このコレッリのものは実はややごちゃまぜとなっており、コレッリですら実は時代的にすでにバロックの後の方の作曲家であるということを如実に語っているのです。

実は、コレッリを抱えたオットボーニ枢機卿は芸術に理解が深い人でして、新しいこともどんどんやらせた人でした。そのため、音楽的にはまだまだバロックまっさかりの中に、新しいものが潜んでいるのです。そして恐らくその点が、ヘンデルのものよリも評価が低い原因なのではないかと思っています。

さらに、一部の緩徐楽章が序曲的な部分も持っており、古典派の時代の協奏曲の序奏の萌芽も見られます。ヘンデルやバッハがバロックだと思っていると大間違いなんだなと、まさしく私は頭をがつーん!と殴られたようでした。

確かに、演奏の印象だけを受け取るのも悪くありません。しかし、それだけで私はいいのだろうかと、自問自答し始めたきっかけがこの音源なのです。それはやがて、バロックの偉大なアマチュア作曲家であるアルビノーニや、フランスバロックであるクープランといった作曲家へと目を向けさせることになっていくのです。それは現在も進行中です。

イ・ムジチは軽いながらも、けっして軽薄ではない、ゆったりとした落着いたテンポを崩していませんが、それ故、音楽が持つ保守性と先進性を、十二分に聴くことが出来ます。それは当然ですが、彼らがそもそも、バロック音楽オーソリティであり、知り尽くしているからにほかなりません。前回も触れましたがオケの中にソリストが参加して、ソリスト(コンチェルティーノ)を形成し、オケと協奏するという演奏は、まさしくバロックそのもので、私たちに作品が持つ品位と高貴さ、そして優雅さを伝えるのみならず、独創性も教えてくれています。




聴いている音源
アルカンジェロ・コレッリ作曲
合奏協奏曲集 作品6
協奏曲第7番ニ長調
協奏曲第8番ト短調「クリスマス」
協奏曲第9番ヘ長調
協奏曲第10番ハ長調
協奏曲第11番変ロ長調
協奏曲第12番ヘ長調
コンチェルティーノ:
フェリックス・アーヨ、アルナルド・アポストリ(ヴァイオリン)
エンツォ・アルトベッリ(チェロ)
マリア・テレサ・ガラッティ(チェンバロ
イ・ムジチ合奏団(チェンバロ:マリーケ・スミット・シビンガ)



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