かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:ドヴォルザーク レクイエム

今回の神奈川県立図書館所蔵CDは、ドヴォルザークのレクイエムです。サヴァリッシュ指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団・合唱団他の演奏です。

実は、以前この作品は2度取り上げています。

友人提供音源:チェコの宗教音楽〜ドヴォルザークヤナーチェク
http://yaplog.jp/yk6974/archive/455

音楽雑記帳:コア・アプラウスの2010年コンサートを聴いての雑感
http://yaplog.jp/yk6974/archive/483

直接的には、コア・アプラウスの2010年のコンサートがきっかけになっています。コンサートに行く前に、自分が持っているものとはまた別の音源でも予習をしておきたいという意識があって借りています。

図書館ですから、いろんな全集が取り揃えてありますが、その中にドヴォルザーク全集もあります。その全集の中に収録されているのがこの音源です。

ドヴォルザークのレクイエムについては、コア・アプラウスのコンサートを取り上げた時にご紹介していますが、ウィキの記述も挙げておきましょう。

レクイエム(ドヴォルザーク
http://en.wikipedia.org/wiki/Requiem_(Dvo%C5%99%C3%A1k)
※パソコンで見るかたは、自動翻訳機能を使ってみてください。

それにしても、日本語サイトがないなんて・・・・・

作曲の動機としては、まずバーミンガム音楽祭の委嘱という側面と、親族の死というものが大きくかかわっています。親族の死を理由にレクイエムを書こうとは思わなかったようなのですが、バーミンガム音楽祭から「レクイエムを」と言われ、結果親族の死が色濃く反映されたようです。

アントニン・ドヴォルザーク
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%82%AF

其れゆえか、第2曲目の「怒りの日」は和声的な面とロマンティックな面とがバランスよく同居した、とても悲劇的な音楽です。オケも合唱団もその部分では理性的かつ情熱的に演奏していて、私好みです。まさしく「情熱と冷静の間」のバランスがばっちりです。

フォーレのレクイエムは「怒りの日」がなくてもそうなのですが、ドヴォルザークのレクイエムのように怒りの日がある作品は、そのあたりのバランスをどうとるかがとても難しい作品なのです。ですから、「バランス」にこだわることはとても重要なのです。まずそれが出来ていないとアンサンブルもきちんとしませんし話しになりません。

怒りの日だけでなく、全体的にそのバランスは優れているのですが、それは指揮者がサヴァリッシュであるということも理由としてあげてもいいかと思います。端整さから出発して劇的に音楽を積み上げていくというのは、サヴァリッシュ得意の手法ですが、このドヴォ・レクでもそれは当てはまります。

私はそういったサヴァリッシュの手法は好きでして、サヴァリッシュしか買わないというほどのファンではありませんが、欲しい楽曲をサヴァリッシュが振っていれば、比較的彼の指揮を選ぶ傾向はあります。たとえば、すでに以下の二つのCDをご紹介しているかと思いますが、その選択理由の一つには、サヴァリッシュの指揮であるということがあります。

マイ・コレクション:モーツァルト 交響曲第40番・第41番「ジュピター」
http://yaplog.jp/yk6974/archive/347

今月のお買いもの:サヴァリッシュ/N響の「エリア」
http://yaplog.jp/yk6974/archive/1027

いずれの演奏も、オケも合唱団も神がかっていますが、このドヴォ・レクでも同じことが言えるかと思います。「エリア」を取り上げた時にも触れましたが、指揮者というのは広く深い教養をもっていますが、サヴァリッシュは特にと言えるかと思います。特にこういった声楽系の作品ではその実力を発揮するように思います。それはおそらく、サヴァリッシュもですが、教会音楽に囲まれた中で育った劇場たたき上げの指揮者であるという点が大きいのだろうと思います。

この点こそ、私が宗教曲にこだわる理由なのです。本当はもちろんですが、オペラだって取り上げるべきだと思います。しかしオペラは、さすがに舞台装置があります。音楽だけをきくというのも楽しみの一つだと思いますが、私はさらに目で見たいという欲求が強いので、いまだ取り上げていないだけなのです。ライブラリの多くがVHSであるため、デッキの動きに不安があるので・・・・・すでに怪しいです。

ですので、オペラに関してはいずれ「今月のお買いもの」でDVDを購入したなどというときに取り上げたいと思っています。いずれ、VHSは使えなくなるでしょうから、そこで録画してあるものでDVDになっているものはいずれDVDか外付けHDに移すか、あるいはDVDを買うかということをせねばなりません。

しかし、宗教曲であれば、CDでいいわけです。聴くだけで楽しめます。宗教曲はいわば「聴けるだけで楽しめるオペラ」とも言えるかと思います。いづれの作品もドラマを内包しているためです。人間の心の動き・・・・・物語の基礎はそこにあるはずです。

ところがです、それを表現するときに問題になるのが、人間の声と楽器の音の特徴なのです。人間の声は純正律と言われ、楽器は平均律と言われます。ピアノを弾いていらっしゃる方には、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」があるためなじみが深い視点だと思います。

純正律音階と平均律音階
http://www.gabacho-net.jp/whims/whim0010.html

人間の声は純正律に近く、楽器はバッハの時代以降、平均律で調整されています。この異なる音階の特徴を融合させるのが、オケ付きの合唱曲、ジャンルでいえば主に宗教曲やオペラということになるのです。ですから、そこで手腕を発揮するためには、まず聖歌隊で歌い、さらに劇場でたたき上げられるといった過程を経ねばならないのです。できればその順序で完全に行ければいいのですが、どちらか一方でも差し支えないと私は個人的には考えています(例えばケーゲルがそういった代表でしょう)。

つまり、異なる音を一つのハーモニーにまとめ上げるマネジメント能力、それこそが指揮者の能力だと思います。その最高の能力が試されるのが宗教曲やオペラなのです。

第九がヨーロッパではあまり演奏されない理由も、実はこの点にあります。交響曲としての出来は第九よりも第7番のほうが優れていると言われますが、ドラマティックなのは第九です。なのになぜ第7番の方が機会があるのかの理由は、まさしく第九は声楽を伴う聖なる楽曲であるのと同時に、声楽を伴うからこそ指揮者のマネジメント能力が問われる難しい曲であるという点にあります。

能力で問われるのは、けっして指揮者だけではありません。指揮者の下で演奏をするオケや合唱団、ソリストと言った各演奏者たちもです。それぞれの能力が最大限に一つになった時、少なくとも端正で美しい演奏は生まれるのです。名演はその基礎があったうえで、さらに劇的な効果が挙げられたものを言います。

それは決して、オーケストラ曲だけでは知ることが出来ない、クラシックを聴くときの重要な点だと思います。そして、それに気付いている人たちは意外にも、ポップスの分野に数多くいるということは、クラシックファンは知っておく必要があると思います。

神奈川県立図書館はその大切さを、さりげなく私たちに問いかけています。



聴いている音源
アントニン・ドヴォルザーク作曲
レクイエム作品89B165
ガブリエラ・ペニャチコヴァー(ソプラノ)
ブリギッテ・ファスペンダー(アルト)
トーマス・モーザー(テノール
ヤン・ヘンドリク・ローテリング(バス)
インドルジヒ・インドラーク(バリトン
チェコフィルハーモニー合唱団(合唱指揮:ルボミール・マートル)
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団



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