今月のお買いもの、先月分の10枚目は12月に引き続き第九です。宇野功芳指揮、新星日本交響楽団他の演奏です。ディスクユニオン新宿クラシック館で買い求めました。
中古で700円。これもまた激安です。元値は3000円ですから・・・・・
このCDは以前ご紹介した「運命」と同じ、ベートーヴェンツィクルスになります。
マイ・コレクション:宇野功芳 運命
http://yaplog.jp/yk6974/archive/375
上記エントリの時に、宇野さんの演奏は上級者向けであると書きましたが、この第九でも同様です。合唱指揮をする「演奏家」宇野功芳らしい演奏となっています。
そう、宇野さんを批評するときに、この「演奏家」という視点が欠けているもののなんと多いことか!あまりにも評論家の部分でかたりがちなのです。
私のような合唱経験がある人間にとって、宇野功芳とは評論家というよりはむしろ合唱指揮者としてのイメージのほうが強いのです。
宇野功芳
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%87%8E%E5%8A%9F%E8%8A%B3
だからこそですが、ソリストを合唱団とオケの間にさしはさむという配置と、そのソリストを歌う直前まで出さないという登場の仕方も、独特というか合唱団員であれば「なんで?」とブックレットの宇神さんの文章に疑問を呈するでしょう。あの〜、合唱団が最初からはいるのだってよくあることだし、ソリストが合唱団とオケの間にあるのも決して独特ではなく、ごく普通ですが、と。
いかにアマチュアの演奏や合唱曲に慣れていないかがこれで証明されてしまっています(それで宇野氏を持ち上げようというのですから、宇野さんご本人はいったいどう思っているのか訊いてみたいものです)。
独特なのは、ソリストの登場が直前までないという部分だけ、なんです。それ以外は、宇野氏がいろんな演奏を聴いて、「演奏家」として出した結論にすぎないのです。
だからこそ、音楽自体は運命に較べれば変態度ががくんと下がりますが、しかし変態さはそこかしこに散らばっています。
まず、第1楽章。テンポが遅いのは宇野氏であれば特に珍しいことではないですし、この演奏の3年前にはベルリンでの「自由の第九」でバーンスタインがやっているという事実があります。一番変態なのは、最後リタルダンドしながら盛り上がり、一度ppにしてからffで終わるという解釈です。プロならばそこを指摘してほしかったと思います(つまりは、宇神氏ですが)。
第2楽章は特に目立つ変態さはないですが、本来モルト・ヴィヴァーチェですから、テンポは幾分早めであるべきだとアマチュアながら「元演奏家」である私は思っているのですが、このCDでは遅めにしています。ですがこれも古今東西の指揮者でよくある話です。
変態さがさらにヒートアップしていくのは第3楽章からです。特に私が驚いたのは、第4楽章もなんですが、ppがほとんど聞こえないことです。特にそれは第4楽章のレチタティーヴォ直後のチェロおよびコントラバスの演奏で顕著です。ほとんどというか、全く聴こえません。大音量にしてようやくかすかに聴こえます。
実は、本当に楽譜通りに演奏しますと、第4楽章の該当部分はほとんど聴こえないのです。昔は「CDの嘘」と言われた時代すらあるのです(最近ははっきりと聴こえる演奏のほうが増えましたけれど)。宇野氏の解釈にはいろんな?が付くものが多いですが、きちんとスコアリーディングをしたうえでの否定であることがこの演奏でよくわかるわけなのです。
第4楽章にはもうひとつ、CDで聴いてすぐわかる変態さがあります。それはつねに私が問題にするvor Gott!の部分なのです。通常はvorを一拍で振りGott!を六拍伸ばすのですが、宇野氏は4拍しか伸ばしていません。しかし、CDではむしろ長く感じるはずです。そう、vorをあまりにも伸ばしすぎるため、Gott!では合唱団の息が続かないため、4拍しか伸ばしていないのですね。しかし、実際には十分すぎるほど伸ばしていることになるわけです。
この部分のほうがよほど独特なのです。こんな指揮をする人は、私が知る範囲では宇野氏以外に知りません。しかし、合唱を知り尽くした宇野氏らしい解釈だと思います。それを実現するために選んだ合唱団がTCFというのも、宇野氏らしい選択です。こんな変態演奏をきちんとしきるのはプロでもそうそうありません。スーパーアマチュアで日本を代表する合唱団であるTCF合唱団でなければできなかったでしょう。TCFは以前、朝比奈/大フィルのブルックナーでも素晴らしい演奏を披露しています。
今日の一枚:ブルックナー ミサ曲ヘ短調WAB28(原典版)
http://yaplog.jp/yk6974/archive/53
この時にTCFが歌っていた場所は、昨年中央大学音楽研究会混声合唱部がバッハのロ短調ミサを歌った、東京カテドラル聖マリア大聖堂なのです。このホールで歌うには団員相互できちんと聴きあわないと難しいので、いかにTCFの実力が高いかが分かるというものです。もちろん、合唱指揮者である宇野氏がそれを知らないわけがありません。
コンサート雑感:中央大学音楽研究会混声合唱部第48回定期演奏会を聴いて
http://yaplog.jp/yk6974/archive/771
ブルックナーの解説を書いているのが宇野氏ですが、合唱曲を解説させたらさすがだなとあまり宇野氏が好きではない私ですら脱帽なのです。さすが「プロ」です。これこそプロであろうと思います。
一つ、この演奏に注文を付けるとするならば、男声は真ん中に持ってくるべきだったという点です。写真を見ますと、合唱団はコア・アプラウス同様ホール(サントリーホール)の後部客席に位置取り(これはソリストを直前に登場させるのに絶好の位置でしょう)、その真ん中にアルトが来ているのが分かります。ホールでは恐らくこれで問題なかったのだと思いますが、CDでは再生機によっては男女のパートバランスがおかしく聞こえる部分があるのです。オケでは絶妙な部分もある故に、残念でした。
しかし全体的には、宇野氏の一つの「理想」がここで実現されている演奏だと思います。素晴らしいかどうかと言えば、私の美意識とは必ずしも合致しませんので素晴らしいとは言いかねますが、しかし宇野氏がいろんなことを無視して演奏しているのではなく、むしろ深いスコアリーディングをしたうえで、実証史学でいう「史料批判」を行った結果であるということは、はっきりと言えるかと思いますので、宇野氏を批判する場合にはぜひとも一度聴くべき演奏であると思います。
聴いているCD
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」
森美智子(ソプラノ)
安孫子奈緒美(アルト)
佐藤一昭(テノール)
水野賢司(バリトン)
TCF合唱団(合唱指揮:辻正行)
宇野功芳指揮
新星日本交響楽団
(キングレコード・ファイアーバード KICC 100)
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