かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:モーツァルト交響曲全集8

年の初めの県立図書館所蔵CDは、モーツァルト交響曲全集の第8集です。マリナーとアカデミーの名盤です。

前回の第7集では最後に第25番を持ってきたわけですが、第8集では冒頭に引き続くかのように第40番を持ってきています。その次には第26番を持ってきていて、その差は歴然です。それはそうでしょう。作曲された時期、場所、モーツァルトの経験値すべてが違います。

この一枚だけでも、ザルツブルク時代とウィーン時代では作風が変わっているといういい勉強になりますし、彼の成長の具合を見ることができます。特に、第27番からはその成長が著しく、冒頭の第40番へ少し近づいているのを感じます。

とはいうものの、実はこの第26番と第27番は第25番より前に作曲されています。第25番が1773年10月5日だったのに対し、第26番は同年3月30日、第27番は4月10日もしくは16日と、半年くらい前です。この音源を聴きますと、すでにこのころから彼の中には自我が目覚めているような気がします。委嘱先への迎合と同時に自我の開放も出つつある、そんな感じです。

こう見てきますと、後年彼がフリーメーソンに入会したのは、決して偶然ではないだろうなと思います。

さて、楽章形式はこの音源でも豊かです。第40番はハイドンを超えたとも言われる作品ですから4楽章ですが、第26番と第27番は3楽章で、第26番はシンフォニアのように連続して演奏されます。そして第28番でふたたび4楽章となります。モーツァルト事典によりますと、第26番は初めからオペラや演奏会序曲として使うことを念頭に置いて作曲されたようで、実際に「エジプトのタモス王」の序曲へ転用され、さらにはレオポルト二世の戴冠式でも演奏されています。

このように、1770年代前半のモーツァルトは、いろんな制約の中、自分らしい交響曲を模索し続けていたことがわかります。私がよくいう「PDCAを回していますね」というのはそれを指すのです。PDCAとはQC等マネジメント用語で、プラン・ドゥー・チェック・アクションの頭文字をとったもので、計画を立て、それを実行し、それがよかったのか点検し、さらによくしていくための行動をするということを指します。まさしく、モーツァルトの作品はどの分野でもそれに満ち溢れています。

努力と言いますとベートーヴェンが思い浮かぶわけなのですが、彼は積み上げ型です。モーツァルトはむしろ経営者的な手法なのです。その上でボトムアップのようなやり方をやっていて、こう見てきますとベートーヴェンに匹敵するくらいの努力をモーツァルトも十二分にやっています。

となると、気になりますのはその頂点でもある第40番の演奏なのですが・・・・・・

マリナーとアカデミーの演奏は素晴らしく、そのレヴェルに異論をさしはさむ余地はないように思いますし、また私がそれをする資格もないでしょう。しかしながら、テンポに関しては、考えたいことがあります。特に、第40番は第1楽章のテンポが問題になると思います。

第40番は「モルトアレグロ」です。アレグロは音楽用語上指示としては「快速に」です。モルトは「非常に」という意味。となると、ゆったりとした演奏は間違いなんじゃないの?と私は思うわけなのです。

以前ご紹介した、サヴァリッシュ/チェコフィルでは、ものすごい快速で演奏されていまして、その時には沈黙の艦隊の「やまと」海江田艦長の哲学的な言葉とともにご紹介したと思いますが、そのことからこの曲を考えてみますと、この第1楽章のテンポはいったいどう考えるべきなのかは、そのアレグロの意味をどうとらえるかによって変わってくるのかもしれないと思うのです。

アレグロはいっぽうで「陽気に」という意味も持ちます(これは、もともとイタリア語でその意味だからなのですが)。マリナーの解釈は、明らかにこの「陽気に」というほうでとらえているように思います。確かに、ゆったりとのんびり演奏してみると、そういった点もあるようには思うのですが、それならば、第4楽章はアレグロ・アッサイです。アッサイは「きわめて」という意味ですから、これもゆったり気味のほうがいいように思いますが、この演奏では指示どおり「非常に快速」です。

それは、古典派の演奏スタイルとしてはバランスがおかしくないか?と思うのです。そう考えますと、サヴァリッシュの解釈は変態でもなんでもなく、ただ単にスコアリーディングした結論でしかないということになろうかと思います。この二つの解釈を見てみれば、確かに海江田艦長の「悪魔なのか天使なのか」という言葉は、納得できる部分があります。そう考えますと、このマリナーの解釈は、アカデミーだからこそ名演として成り立っているが、果たして他ではいったいどうなのかと考えたいところです。ほかに名演となればベームになるかと思いますが、それも聴いてみたいところですし、またモーツァルトと言えば忘れてならないのがマッケラス。最近全集を出していますし、それもほしくなってきます。

では、もう一つ全集をモダンでそろえましょうか・・・・・となると、先立つものは資金。

ちょっときついのですが・・・・・持っていて損はなさそうですから、何とかしたいと思います。「今月のお買いもの」でご紹介できるよう、お金の使い道を考えてみたいと思います。



聴いている音源
ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト作曲
交響曲第40番ト短調K.550
交響曲第26番変ロ長調K.184(161a)
交響曲第27番ト長調K.199(161b)
交響曲第28番ハ長調K.200(189k)
サー・ネヴィル・マリナー指揮
聖マーティン=イン=ザ=フィールズ教会アカデミー(アカデミー室内管弦楽団



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