かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

衝撃のハンマークラヴィーア

昨日、平日だというのにコンサートを聴きに東京文化会館まで行ってきました。私のマイミクさんである瀬川玄さんのリサイタルです。

同じマイミクさんのたかまるさん、今度はそちらのコンサートへ行きたいので、今回は許してくださいね。

瀬川さんは、若干16歳でデビューし、大学卒業後ドイツへ留学。その間にベートーヴェンピアノソナタ全曲を演奏し、2007年帰国。その後はベートーヴェンピアノソナタを中心に、留学報告コンサートを開いてきました。

昨日がその最後となり、ショパンベートーヴェンの名曲ぞろいのラインナップになりました。

曲目は、

ノクターン 第7番 嬰ハ短調作品27-1(ショパン
ノクターン 第8番 変ニ長調作品27-2(ショパン
ソナタ第2番 変ロ長調作品35「葬送」(ショパン
スケルツォ第2番変ロ長調作品31(ショパン
ピアノソナタ第29番変ロ長調作品106「ハンマークラヴィーア」(ベートーヴェン

でした。最初から聴きたかったのですが、ノクターン2曲は出発がいろんな事情で遅れ、さらに電車にトラブルが発生したため、聴けず、ショパンの「葬送」からになり、それもホワイエのモニターでとなりました。

彼のブログを前もって読んでいたため、この葬送については「まさしく、ショパンの遺書ではないか」という気がしましたが、そんなことより、びっくりしたのはその実力です。

私はこんなすばらしい方とマイミクさんであったのか!と、自分の幸運を感謝しました。タッチがやわらかく、かつしなやかで、強いところもきちんと強いという、これぞプロ!という演奏でした。

これを会場で聴かなくてよかったと思います。なぜって?すばらしすぎて、私の心の琴線に触るからです。まだ、母をなくした心の穴が完全にふさがっていないのです。彼のポリシーはこの再生装置全盛の時代において、生演奏を重視するというスタイル。当然、今回会場にもマイクは立っていません。モニター用のがあるだけです。でも、そのモニターからでも、思わず泣いてしまいました。

「葬送」は、ご存知の方も多いと思いますが、第3楽章は有名な行進曲です。その部分で、不覚にも涙が止まらないのです・・・・・・

その余韻のもと、休憩が入り、まずは席取り。本当は30分前には到着してしたかったことですが・・・・・・

ふと見てみると、入り口から上の方までもういっぱい。小ホールだったのですが、ホワイエから入って奥のほうは、ふと見ると席がかなり空いています。チョイスしたのは、演奏者から見るとちょっと左手。こちらからは正面からやや左に見る感じで、感覚としてはほぼ正面です。なぜこんないい席が!と思っていましたが、ちょっと考えると当たり前なのですね。

私はオーケストラは聴きなれていますが、実はピアノのリサイタルというのは初めてなのです。オーケストラならいい席でも、ピアノの場合、私の位置では指が見えないのです(実際、演奏中一度も指は見えませんでした)。ですので、聴くにはいい席ですが、見るには悪い席なわけです。

でも、私はピアノ曲は恥ずかしながら初心者。目的は指の動きを見ることではなく、演奏を聴くことだったので、まったく問題ありませんでした。

で、中で聴くことのできた、ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」。このところ、ピアノソナタに興味があると書いていますが、それはこのコンサートのための予習でもあったのですが、それもまだヴァルトシュタインまでしか聴けていないのです。

瀬川さんのブログの記事を読んだだけで聴きに行ったのですが、はっきり言いまして、すごかった・・・・・・

第一楽章は、まさしくオーケストラ曲のような壮大な楽章。ヴァルトシュタインと比べると、その違いは大きく、なぜこれほどすばらしい曲を私は今まで避けてきたのだろうと思いました。

そう、私は今までピアノソナタという分野を避けてきました。こういうブログを立ち上げているくせに、室内楽曲、特にピアノソナタは避けてきました。

でも、その認識が180度かわるきっかけが、この楽章でした。しかし、それはまだまだ続きます。

第二楽章は、滑稽な部分で、まるでベートーヴェンが私たちをからかっているような曲です。え、これが古典派?って驚くくらいです。でも、この楽章はすぐ終わります。

第三楽章。これがとても長く、20分以上続いたでしょうか。でも、飽きないのです。普通、どんなにすばらしい曲でも、どこかで飽きてくる部分ってありますが(それがあっても、いい曲は結局最後まで聴いてしまうのですが)、私にとってはまったくありませんでした。時間が気になって時計を見はしましたが、それだけです。

ゆったりと始まりますが、途中感情の起伏もあり、なんと美しいのだろうと、うっとりです。

そして、第四楽章。堂々としていて、しかも美しい。聴いていてまた涙が出そうになります。実際、終わったあと瀬川さんが出てこられて握手をしてくださったのですが、そこで不覚にも大粒の涙を流してしまいました・・・・・

最後は、きれいな和音で終わり、これだけ堂々とした大曲がきちんとした和音で終わるところがまたにくいです。そのとき、瀬川さんは、ふうと息をつかれていました。時間にして約1時間。スタミナもいる曲だなあと思いました。

私もアマチュア合唱団時代、全後半それぞれたちっぱなしというステージをやったことがありますが、それは大変なものです。ハンマークラヴィーアを演奏するということは、それ以上に大変なことなのではないでしょうか。まさしく、音楽家である前にアスリートでなくては弾ききれない曲だと思いました。

この曲はピアニッシモが本当にきれいで、それがきちんと演奏されているのはさすがプロだなあと感動しました。もちろん、プロなら当たり前かもしれませんが、しかしその当たり前のことをすることがどれほど大変か。私も身にしみて感じているので、決して他人事とは思えないのです。もちろん、私などはしがないサラリーマンですが・・・・・

でも、いろんな経験をしてきて、当たり前のことを当たり前にすることの大変さは、誰もが感じることなのではないでしょうか。そんなことを感じ、よし、前向きに生きるぞ!という元気をもらったような気がします。

終焉後、ホワイエへ出てきてくださり、聴衆と握手をしてくださっていたので、私も挨拶方々、その列に加わりました。mixiでお世話になっておりますとご挨拶し、握手していただきました。その手のやわらかいこと!

この手で、あれだけの表現をなさるのだなと、思わず大粒の涙がこぼれました。特に、「葬送」と「ハンマークラヴィーア」では母を思い出してしまい、どうしてもそのことを伝えたかったからで、それを伝えたとたん、流れ出しました。

それでもとにかく笑顔に戻し、ご挨拶をして帰りました。夕食はガード下で立ち食いでしたが(汗)でも、それくらいがちょうどいいのです。そうでなければ心のバランスが取れないくらい、衝撃的なすばらしい演奏でした。

一応、携帯をもってきており、来るときにはベートーヴェンのピアノ協奏曲を聴いてきたのですが、帰りはもうそんな気分ではありません。特にハンマークラヴィーアが頭から離れず、興奮状態です。聴かずに帰ってきました。

今はもう興奮は冷めていますが、でもあの衝撃はまだ残っています。これから、マイミクさんお二人のリサイタルには、なるべく行って、元気をもらおう!と決めた一日でした。