コンサート雑感、今回は令和7(2025)年11月3日に聴きに行きました、オーケストラ・ラム・スールの第11回演奏会のレビューです。
オーケストラ・ラム・スールさんは東京のアマチュアオーケストラです。一人の女性(現在はホルンパートを担当し主宰)が立ち上げその後平林遼氏を音楽監督に迎えています。とにかくプログラムが個性的な団体です。それが魅力で私も何度かコンサートに足を運んでおり、直近では前回の第10回に足を運んでいます。
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とはいえ、今回はメインはマーラーの「復活」。それでも個性的なのは、1プロとして指揮者平林遼さんが作曲した「神秘の存在証明」を持ってきたからです。
さて、最近の私のコンサート評のスタイルは、プログラム1曲ずつ取り上げるというものですが、今回だけ元に戻します。なぜなら・・・なんと、当日「神秘の存在証明」とマーラーの「復活」をアタッカで演奏してしまったからです!
・・・いやあ、なんということを!実は「神秘の存在証明」は指揮者平林遼さんがマーラーの「復活」と合わせるために作曲した作品なのです。当日のパンフレットにしっかりと記載があります。聴いていて確かに「復活」と違和感がないと言うか、平林遼さんが「復活」という作品をキリスト教的に見ていなくてむしろ東洋的な価値観の作品だと見ているので、そのような形になっています。それゆえに「神秘の存在証明」はどこか東洋的な響きで始まり、その後でまるで日が差してくるかのような明るさが見えた時に静かに合唱が始まり、それがまた不協和音を伴いつつクライマックスを迎え、アタッカで「復活」に入っていきます。
そう、「神秘の存在証明」もじつは合唱を伴っています。歌詞はウェブサイトに記載がないので著作権上載せることが出来ませんが、誠に神秘的。東洋的な和声の中でうたわれる歌詞はキリスト教的を反映しているかのようでもあり、確かにマーラーの「復活」を意識したものです。実は開演15分前に席に着きましたがその時すでに合唱団が舞台にスタンバイしていたのです。これには違和感を覚えましたが、それは「神秘の存在証明」をマーラーの「復活」のまるで一部として演奏するためだったのだと、アタッカで「復活」に入った時に理解しました。ですがそれは一方で残酷なことを私に教えています。つまり、これは休憩がないかも、と・・・
さて、マーラーの「復活」は、1888年から1894年にかけて作曲された作品です。第4楽章にはマーラー自身の作品である歌曲「子供の不思議な角笛」から歌詞を採用し、第5楽章にはクロプシュトックの詩を採用した合唱を伴う作品となっています。なお「復活」というのは通称でマーラーはつけていませんが、実に本質をついた名称だと言えます。
基本的にはキリスト教が背景にあるのですが、とはいえそれは神だけではなく人間もというところが重要です。それはつまり、ともすれば仏教の輪廻転生をも想起させる内容なのです。それは楽章が進んで来るとはっきりします・・・
まずは演奏としてはかなりアコーギクが激しくさらには遅めのテンポを採用しています。平林さんとしては珍しいかなと思いましたがパンフレットを見ますとそれがマーラーの指示だから、とのこと。最近の演奏でそこまでアコーギクがあるテンポが揺れる演奏は聞いたことがありませんが、平林さんはその演奏たちに批判的な視点を持っていることになります。それは平林さんがしっかりと深くスコアリーディングをしている結果だとも言えます。私はもう少しテンポがいい演奏が好きですが当日の演奏はむしろ好感が持てるものでした。ただそれについて行くオーケストラは大変・・・たいていこのような解釈だとアマチュアオーケストラでは演奏が崩壊するのが常です。ですがそれがないんです。アマチュアオーケストラでそれはレベル高すぎだろって言えます。「神秘の存在証明」からアタッカで入っているのに、です。とはいえその「神秘の存在証明」もそれほど速いテンポではないのでアタッカで入っても違和感ありません。まさに平林さんは自作をマーラーの「復活」の序曲として作曲したことになりますしそのようにパンフレットに記載がありました。
ただ、それだけテンポが揺れると弦楽器はついて行けますが管楽器がなかなか大変です。当日一番不安定だったのがトロンボーンなどの金管楽器。木管楽器は大丈夫でしたが息を吸い唇を震わせて音を出す金管楽器は音の出だしが不安定なのが、テンポが揺れるところで顕著でした。それ以外は安定しているのですが・・・息を吸うためにはタクトを見ながら逆算してやるので、そこでテンポが揺れるとその息を吸うタイミングと時間がずれるのでどうしても音の出だしが不安定になります。おそらく他の指揮者はそれがわかっているのでマーラーの指示をあえて無視しているのだと言えるでしょう。ですが平林さんは果敢に指示通りに演奏させたわけです。それで高い演奏レベルをたたき出したオーケストラ・ラム・スールさんは最大級の賛辞を贈るべきでしょう。
第2楽章開始直前、しずしずとソリスト二人が入ってきます。と言うことは・・・休憩なしがほぼ確定したということになります。私はそういう演奏会を以前経験しているのでたいてい予定としてギリギリ到着を避けるようにしており当日も何とか15分前には座れる時間にホールに着けたので前もってトイレにいっておけましたが、演奏中静かに中座してトイレに行く方も散見されました。通常だといろいろ言われるところではありますが、係員もそれを理解していて静かにご案内していました。
実は、私も当日休憩は「神秘の存在証明」の後だと思っていました。仮にそこでないなら休憩はなしもあり得ると。なので前もってトイレに行っておいたのです。実は似た形でマーラーの「復活」を演奏した団体があります。それは、横浜みなととなみ管弦楽団さんです。
この時は前半でバッハとブクステフーデが演奏されましたが、そこで休憩を入れてマーラーの「復活」では休憩を入れていません。なので「復活」で休憩が入らないということは十分あり得ることなのです。今回も平林さんはマーラーで休憩は入れないという判断をされたことになりさらに自作の「神秘の存在証明」から「復活」へアタッカで入ることで休憩がそもそもないという選択をしたということになります。これはこれでテンポが揺れて遅いのに演奏に緊張感があるという効果をもたらしました。たださすがにソリストも最初から入るのは難しかったため第2楽章前に入れたということでしょう。
第3楽章の後の第4楽章でまずアルトが歌い出しますが、多少弱めの発声。でも曲が進むにつれて強い声になっていきます。この辺りなかなか繊細な演奏になっています。全体を通してオーケストラも声楽も力強くも繊細で美しいのが特徴。それでいてアコーギクが激しくテンポも揺れるという・・・本当にアマチュアオーケストラの演奏を聴いているのか分からなくなりますが、金管の音の出だしが不安定なのがたまに聴こえてくることでようやくアマチュアオーケストラを聴いていると理解できるくらい、高いレベルの演奏です。
最期の第5楽章。激しくも繊細でふくよかな響きはまさに曲の空間を彩るにふさわしいものです。さらにこの第5楽章では、東洋と西洋が出会っているかようで、まるで蓮の花が泥の中から咲いているのが見えるかのよう。それはキリスト教よりは仏教の蓮華蔵世界観を想起させます。
ちょうど公演があった11月3日は、実は母校中央大学の今年の大学祭が終る日でした。私が所属したサークルである史蹟研究会もおそらく展示を出していたことでしょう。実は当時私は仏像研究の版にいたことがありその時学祭でスライドショーをすることになり音楽を付けることにしたのですが、クラシック音楽では適切な音源を探すことが出来ませんでした。ですが今ならいくらでも新古典主義音楽以降で探すこともできますし何ならこのマーラーの「復活」から採用することもできます。その時の記憶がよみがえってきて、なつかしさすら覚え心の中には共感が満ちてきます。
そんな中で、合唱が歌い出すのですが、「神秘の存在証明」では立って歌っていた合唱団ですが、この「復活」の第5楽章では何と座って歌っているのです!これ、実はかなりレベルの高いことなんです。声は姿勢を正すことで出ますが座るとそれがなかなか難しいのです。通常は座った時は浅く腰かけて背筋を伸ばして歌いますし、それが練習の時の発声スタイルです。それを本番でやるとは・・・とはいえ、舞台では椅子に背もたれがついてはおらずベンチなのでどうしても姿勢を正さざるを得ませんが、かといって合唱団の皆さんが若い人だけというわけではありません。ですがとにかく大人数なので、姿勢さえしっかりすれば何とかなるということはあると思います。ソリストは一方で立って歌っています。このコントラストが返ってソリストにも難しかったと思いますが、さすがそこはプロ。さらりと軽めの発声ではじめ、段々強くなっていきます。
合唱も次第に強めにはなっていきますがいつまでたっても立ちません。Bereite dich zu leben!(生きることに備えるがよい!)の合唱のコアな部分に至ってもまだ座っています。それは静かでしかし意志を持った演奏に寄与しています。そして・・・
最期の合唱、Sterben werd' ich, um zu leben!(私は生きるために死のう!)でようやく立ち上がります。ここまでオーケストラも実はバンダ隊が物陰で演奏していたりといろいろ動き回っていましたが(実はそれもマーラーの指示に忠実に従っているだけです)、そこでバンダ隊も舞台後方の上部に陣取りトランペットとホルンが陣取り、合唱の
Aufersteh'n, ja aufersteh'n wirst du,
Mein Herz, in einem Nu!
Was du geschlagen,
zu Gott wird es dich tragen!
よみがえる、そうだ、おまえはよみがえるだろう、
わが心よ、ただちに!
おまえが鼓動してきたものが
神のもとへとおまえを運んでいくだろう!
のクライマックスを壮麗かつ力強く彩ります。ここではついに私も感動で涙し体は打ち震えていました・・・なんと美しく力強く、私の魂を励ましていることだろう!と。さらには今年の後輩たちの展示にも想いを馳せていました。嗚咽が止まりません・・・
ここははっきりとキリスト教が反映されている部分ではありますが、ですが仏教の輪廻転生もそこには反映されているようにも見えます。マーラーがこの曲を書いたタイミングは日本では明治維新から30年ほどが経っておりヨーロッパではジャポニスムが広がっていた時代です。当時のジャポニスムは実は権威に対する抵抗をも意味しており、マーラーが教会や聖書の権威に対して批判的な態度であったこともうかがえます。そもそもマーラーはユダヤ人でしたし、そのあたりの複雑な心理が美しさを形成するにおいて東洋と西洋が入り混じっていても不思議ではないでしょう。そして平林さんははっきりと「復活」に東洋思想を読み取っており、単に力づくとテンポで押すのではなく、マーラーの指示に従うことでよりマーラーが描こうとした内面とその世界を描きだそうとした演奏で、それはまさに成功したと言っていいでしょう。聴衆も拍手は残響が終ったあとで始まり、私はすかさずブラヴォウ!をかけせていただきました。ちなみにホールはすみだトリフォニーホール大ホール。まさにホールに蓮華蔵世界を描いてみせた演奏でした。
合唱団は本当に発声軽い上に力強く豊潤でしたが、ふとパンフレットに記載されている合唱団の団長さんの名前を見ますと広瀬泰文さん。実はこの方、上でご紹介しました、横浜みなととなみ管弦楽団さんが「復活」を演奏した時の合唱団の世話役をやられた方なんです。と言うことはおそらく合唱団員はその時に参加された方々が主体ではないでしょうか。実はその中に当時参加していた、私が大田区民第九合唱団でご一緒した女性も参加されていました。彼女が参加する合唱団は高いレベルであることが多いので、納得です。なお今回、合唱団はオーケストラ・ラム・スールさんの専属としてコール・ラム・スールとして発足したそうです。となるといつかは第九とかも演奏しそうな気配ですね。勿論オーケストラ・ラム・スールさんらしいプログラムで・・・
次回は来年4月に今度はミューザ川崎にホールを移し、リヒャルト・シュトラウス特集。その中にはなかなか演奏されることがない「皇紀2600年祝典曲」も含まれます。まあこの時期だとちょっと議論を呼ぶ曲ですが、とはいえこの曲はリヒャルト・シュトラウスの複雑な状況も反映しているため、私は演奏されるべき作品だと思っています。確かにその「皇紀」と言うのはなかなか判断が難しい紀元なのですが、ですが記念する作品がリヒャルト・シュトラウスの命を救い、作品群も残ったのですから、粗末には扱えないと思います。
また第14回までの予定もパンフレットに記載されました。ぜんぶ行けるかはわかりませんが一応カレンダーに記載はしておこうと思いますし、次回の第12回はなるべく万難を排して伺おうと思っています。また向こう3回はミューザ川崎とのことで、どんな響きを生み出しどんな世界を見せてくれるのか、今から楽しみです!
聴いて来たコンサート
オーケストラ・ラム・スール第11回演奏会
平林遼作曲
神秘の存在証明
グスタフ・マーラー作曲
交響曲第2番「復活」
隠岐彩夏(ソプラノ)
藤田彩歌(メゾ・ソプラノ)
高橋光太郎(オルガン)
コール・ラム・スール(合唱団世話役:広瀬泰文)
平林遼指揮
オーケストラ・ラム・スール
令和7(2025)年11月3日、東京、隅田、すみだトリフォニーホール大ホール
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。