かんちゃん 音楽のある日常

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コンサート雑感:東京アカデミー合唱団第70回定期演奏会を聴いて

コンサート雑感、今回は令和7(2025)年11月1日に聴きに行きました、東京アカデミー合唱団の第70回定期演奏会のレビューです。

東京アカデミー合唱団は東京のアマチュア合唱団です。歴史が長い合唱団で数多くのプロとも共演して来た団体でもあります。

www.tokyo-academy.com

また、合唱をやっているひとたちであれば東京アカデミー合唱団は一つの目標ともする団体でもあります。実は東京アカデミー合唱団の演奏会に足を運んだのは今回が初めてではないのです。まだブログを始める前、宮前フィルハーモニー合唱団「飛翔」の団員だったころに友人に誘われて東京アカデミー合唱団の定期演奏会に足を運んだことがあるのです。その時の記憶から、東京アカデミー合唱団ならと思いチケットを取りました。

さて、今回の曲目は以下の通りです。

オール・ブラームス・プログラム
ブラームス 哀悼の歌
ブラームス ドイツ・レクイエム

なかなか渋いというか、アマチュアらしい選択ですが、実はこれ、桂冠名誉音楽監督である秋山和慶氏が定めたものだそうです。秋山和慶氏は昨年逝去されましたが(実際前日のムシカ・ポエティカさんでもパンフレットに追悼されていました)、その秋山和慶氏は何と2027年までの曲を指定されているそうで、すでに決まっているとのこと。それは後述しますが秋山氏の音楽性の高さを感じますと同時にアマチュアイズムを大切にする姿勢も素晴らしい指揮者であったと思います。

また東京アカデミー合唱団は実は合唱指揮がオーケストラ・ダスビダーニャやAGORAさんの音楽監督でもある長田雅人氏でもあります。オーケストラと合唱団であるAGORAさんでは勿論、オーケストラ・ダスビダーニャでもショスタコーヴィチの合唱を伴う作品を振られた経験の持ち主でもあるので、合唱団をどんな風に仕上げてきているのかにも興味がありました。

ブラームス 哀悼の歌
ブラームスの哀悼の歌は、1881年に発表された管弦楽混声合唱のための作品です。友人の画家フォイエルバッハの死を悼んで作曲されました。

ja.wikipedia.org

私も好きな作品の一つですが、この曲もなかなか難しい作品です。最初ソプラノは静かに始まりますが、そこで長ーいフレーズもあるためです。それでいて盛り上がるところでは強いフォルティシモ。そのコントラストを付けるのが特にアマチュアでは難しい上に、内容もギリシャ神話を基にしていて抽象的であることも歌うほうには難しくしています。ただ、同じ編成の曲である「運命の歌」よりは簡単だとは言えます。

最近同じ曲を聴きに行かれていますよねという、ア・ナ・タ、鋭い!そう、9月にTGY合唱団さんの演奏会に足を運んでおりその時にも哀悼の歌は演奏されています。

ykanchan.hatenablog.com

ですが、この東京アカデミー合唱団さんのほうが高いレベルでのパフォーマンスでした。TGY合唱団さんも高いレベルの合唱団ではあるのですが、さすがアマチュア合唱団の目標となっている東京アカデミー合唱団です、柔らかくも力強い合唱なのです。しかも男声はご多分に漏れず女声の半分程度しかいないのですがそれでもしっかりと声が聞こえてくるのが素晴らしいんです。

それはホールのせいもあるかもしれません。今回ホールは何と、東京オペラシティコンサートホールタケミツメモリアルバッハ・コレギウム・ジャパンが東京公演で使うホールであるだけに、音が教会のように響くんです。実は東京オペラシティコンサートホールは天井が高い上に上に行けば行くほど狭くなっており三角形になっているんです。それはまさしく教会の聖堂のような造りになっており、宗教曲を歌うにはうってつけのホールなんです。そのホールも味方したと思います。まだ私が合唱団員だったときに足を運んだ時も東京オペラシティコンサートホールだったと記憶していますが、そのあたりから東京アカデミー合唱団さんは東京オペラシティコンサートホールで演奏会を開くことにしているようです。それは私としては納得するところです。

また今回はプロオケを選択しており、実はこの2日前に聴きに行ったプラチナ・シンガーズさんと同じ東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。プラチナ・シンガーズさんでは小さめの編成でしたが今回はフルオーケストラ。それでもしっかりと男声が聴こえてくるということは、男声の声がしっかり飛んでいるということと、女声がそれだけ頑張って歌っておらず男声とのバランスを考えているということなのです。この辺りはさすが長田さんに鍛えられているだけあると思います。

また指揮者の指示もあったのだと思います。指揮者は矢崎彦太郎さん。日本のプロオケも結構振られている方なので、合唱団のバランスという所も考慮したと思います。何ならゲネラルプローべで長田さんと話し合ったとすら思います。普通にそれはあることなので。この二人を揃えて来ること自体、さすが東京アカデミー合唱団さんだなあと思いますし、また亡くなられた秋山先生の力でしょう。実はFacebookの閉鎖グループである「クラシックを聴こう」でもチケットを取られた方がいらっしゃったようです。

最後も本当に美しく終わったのが余韻に浸れてよかったです。アマチュアの演奏会ではフライングブラヴォウや拍手が起こりがちではありますがこの演奏会では後述するドイツ・レクイエムでも一切なく聴衆が残響が終り指揮者がタクトをおろすまで拍手をしませんでした。やはりフライングブラヴォウや拍手は演奏が聴衆を惹きつけか否かだと感じます。

ブラームス ドイツ・レクイエム
ブラームスドイツ・レクイエムは、1868年に完成した宗教曲です。ルターが訳したドイツ語の典礼を歌詞としており、師であるシューマンブラームスの母の死がきっかけになっています。

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典礼音楽として作曲していないとブラームスは語っていますが、亡くなった人を悼みつつ自らの魂を癒す歌詞にはなっています。

www.kanzaki.com

ということは、感情移入がしやすい曲だと言えます。ですがそれゆえに難しい曲でもあります。それだけエネルギーを持っている曲だとも言えるわけですから。

そのあたりの塩梅が、東京アカデミー合唱団さんは本当に素晴らしいのです。美しさがしっかりありつつもフォルティシモは力強く生命力あふれます。それはリズムもしっかり感じた上での合唱であるが故でしょう。この辺り、さすが長田先生ですしそれを信頼しての矢崎さんは指示だと言えます。カラヤンの演奏よりはリズムを立たせていませんが、それでもリズムを感じる演奏はどこか魂が脈打つように聴こえて、私自身の琴線を揺さぶります。

また、ソリストも素晴らしく、特にソプラノの中江早希さんはふくよかで温かい歌唱が音楽を彩ります。中江さんは私も好きなソプラノで、彼女が出る公演はほぼ間違いない演奏会になっています。

最後の第7曲は、私の亡くなった母の最期を思い出してたいてい泣いてしまうところですが、今回は喜びが満ちて来るのがわかるのです。合唱が暖かいのが原因だと思います。また歌詞も実はそれほど深刻なものではありません。悲しみはありますが、死ぬことが必ずしも何もかもが無くなることではないという希望であるがゆえだと思います。確かに死は悲しいものではありますが、死んだ人は生き残った人々の中で生きるわけです。私もようやく母の死を受け入れ、自分の中で生きていると感じ始めており、如何に第7曲の歌詞が含蓄を持っているかを実感します。今回の演奏も自分の中には今でも母が生きていると感じる温かみあふれる演奏で、何かに包まれている感覚を得ました。

そのような人が多かったのか、この演奏でも残響が終り矢崎さんのタクトが降りるまで拍手は始まりませんでした。聴衆がその演奏を味わい尽くしているかのようです。暖かい空気がその場を支配し、皆さん帰る時には喜びに満ちた顔をされていました。

次回は来年で、ヴェルディのレクイエムとのこと。合唱団はすでに女声を締めきっているそうで・・・また、私自身はすでに来年の予定が決まってきています。足を運べるかはわかりませんができれば次回も足を運べればと思います。

 


聴いて来たコンサート
東京アカデミー合唱団第70回定期演奏会
ヨハネス・ブラームス作曲
哀悼の歌作品82
ドイツ・レクイエム作品45
中江早希(ソプラノ)
青山貴(バリトン
尾崎麻衣子(オルガン)
矢崎彦太郎指揮
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
東京アカデミー合唱団(合唱指揮:長田雅人)

令和7(2025)年11月1日、東京、新宿、東京オペラシティコンサートホールタケミツメモリアル

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。