東京の図書館から、今回から4回に渡り、府中市立図書館のライブラリである、アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィルハーモニー交響楽団によるBEYOND THE STANDARDのアルバムをご紹介します。
BETOND THE STANDARDは、DENONレーベルが始めた「新しいクラシック音楽のスタンダードアルバム」です。名曲と言われる曲はクラシック音楽にもたくさんあり、多くがオーケストラのコンサートピースとなっています。ですがスタンダードであるがゆえに代わり映えがないという欠点も持ちます。
また、私もこのブログで折に触れてきましたが、あまりにも偏ったプログラムになっていることもしばしばで、それが理由で私はアマチュアオーケストラの演奏会に足を運ぶケースもしばしばです。第1としてはお金がないんですが、アマチュアオーケストラの演奏会は安価でありながらその選曲が個性的で、プロオーケストラでは絶対に取り上げない、或いはプログラムとして組まないようなものが多いのが特徴で、その上アマチュアのレベルも向上していますので、正直高い金を出してプロオケを聞きに行く気持ちになりません(もちろん、プロの方がより素晴らしい演奏をするのは確かなのですが)。
では、プロオーケストラの存在意義とは何でしょう?括弧内で述べましたが、まさにその演奏技術の高さによる豊かな表現力を味わうとい点につきます。そのうえで個性的で時代に合わせたプログラムや演奏ということになります。このBEYOND THE STANDARDはその新しい選曲、演奏を楽しむという点に重点が置かれています。そもそも英語のBeyondは「超えて」「先に」などの意味があります。
「スタンダードを超えて」あるいは「スタンダードの先に」「スタンダードの向こう」などと訳することが出来るでしょう。ではスタンダードを超えた、その先に、向こうとは一体何でしょう?このシリーズでは明確に「日本のクラシック音楽」と定義づけています。クラシック音楽のスタンダードナンバーに、カップリングとして日本でそろそろ名曲となりつつある作品をカップリングさせるという趣向です。全4回のシリーズすべてが、クラシック音楽のスタンダードナンバーに日本の作品をカップリングさせています。
指揮はアンドレア・バッティストーニ。このブログでもベートーヴェンの第九を取り上げています。
それ以来、バッティストーニはかなり気に入っています。上記エントリで取り上げた時もオーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団です。そのロケーションは東京文化村オーチャードホールでしたが、このシリーズでは東京オペラシティコンサートホールタケミツメモリアル。このホールはバッハ・コレギウム・ジャパンも東京公演で使っているホールであり、まるで教会のような響きを持つホールです。まさに新しい時代のスタンダードナンバーを目指す意気込みを感じます。なかなか日本の作曲家の作品が響きのいいホールで演奏されることが少ないので・・・初演こそいいホールを使うこともありますが、古い作品だと初演も多目的ホールなんてことが長かったわけですから・・・
今回の第1集に収録されている曲は、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」と伊福部昭の「シンフォニア・タプカーラ」、そして「交響ファンタジー「ゴジラVSキングギドラ」より第7曲です。まるで新交響楽団さんかと見まごうプログラムなのです。これは借りずにはいられませんでした。
さて、今回はあえて曲ごとにしません。長くなりますので・・・さて、この第1集には明確な編集方針があります。こういう点もまた新しいスタンダードという印象がありますが、皆さまお分かりになりますか?関係があるとは思えないという意見が多数出ると予想できますが、それは「スラヴ音楽」です。伊福部は日本人だからスラヴは関係ないだろという意見もあると思います。確かに伊福部は純然たる日本人です。ですが彼が師事したのが、チェレプニンであると言えば、果たしてどうでしょうか。
さらに、伊福部が幼き頃に親しんだのは、近所の在日ロシア人が歌うロシア民謡です。伊福部の音楽の基礎はスラヴ音楽なのです。そのうえで彼がさらに親しんだのが、アイヌの音楽です。それは師匠チェレプニンの「ナショナルこそインターナショナルである」を実践した姿でした。ちょうど伊福部が作曲を始めたころは、新古典主義音楽が頂点を極め凋落が始まった時期です。19~20世紀にかけての民謡採集運動を経た後で国民楽派などを経て新古典主義音楽が勃興したという動きが日本に波及した時代です。その運動の一因には、故郷ボヘミアからアメリカへ招かれ、音楽学校の教師を務めたドヴォルザークもいました。そのドヴォルザークも学校で「アメリカのクラシック音楽はアメリカ音楽を基礎とせねばならない」と教え、まさにチェレプニンと同じスタンスなのです。その実践としての音楽の一つが、交響曲第9番「新世界より」です。
伊福部の「シンフォニア・タプカーラ」も、アイヌの音楽を基礎として、スラヴ風味たっぷりの音楽になっています。伊福部得意のオスティナートもふんだんに使われています。なお、第3楽章はNHKの緊急地震速報のメロディーの基になっています。
伊福部が自身の音楽の芸術性を込めたのは純音楽だけではなく、映画音楽もです。その典型が映画「ゴジラ」。このアルバムでは1991年の新作で使われたサウンドトラックを基にした幻想組曲が収録されました。
映画ファンだと聞きなれている「ゴジラ」も、東京オペラシティコンサートホールタケミツメモリアルの音響で聴きますと、本当に生き生きとした芸術に聴こえるから不思議。
それそれの演奏も、「新世界より」は第1楽章と第4楽章は特に生き生きとしておりリズムを絶たせているのが特徴。ティンパニは特に堅くぶっ叩いているのも好印象。第1楽章と第4楽章は、個人的には蒸気機関車が疾走している様子が描かれていると感じています。第1楽章では出発、そして第4楽章では地平線へと消えていく様子。それがアグレッシヴさを持ちつつも、気品を損なわず演奏されており、生命力に満ちています。ここまでアグレッシヴな演奏は私も聴いたことがなく、若いバッティストーニらしいアプローチ。
一方の伊福部は、シンフォニア・タプカーラでは全体的に壮麗さを持ちつつも生命力あふれる演奏になっています。緩徐楽章となる第2楽章では静謐さもあり牧歌的。ホールの教会的な響きもあって荘厳さも持ちつつも、土臭い民謡が聴こえるかのような演奏になっているのも粋です。ゴジラはまさに、ここで真打登場!という派手な演奏。バッティストーニもゴジラを見たのかなと思わずにはいられません。ホールの残響もあって、まるで映画館で見ているかのよう・・・私は世代的には旧作を見ている世代ですが、実はアニメが好きでゴジラ映画全盛期には宇宙戦艦ヤマトに嵌っていたので、実際に映画は新作ゴジラから見ています。その映画館で見たゴジラが今目の前のスクリーンに映っているかのように聴こえるのです。映画音楽の神髄が素晴らしいホールにて理解できるという好例でしょう。やっと日本もこういった時代に入ったと思いますと、感慨深いです。
この第1集は「スラヴ」でまとめられたと言えますが、実はスラブ文化と日本文化も似通っています。いろんな周辺の文化を取り入れ自家薬籠中のものにするという共通項があるのです。その下地があるからこそ、ドヴォルザークはアメリカでボヘミアを想起しながらアメリカの音楽を書き、伊福部はチェレプニンの言葉とロシア民謡の思い出を持ちつつアイヌや和人の民謡を音楽に反映させました。その集大成が「ゴジラ」となって広く知られることにもなりました。この編集センス、実にアマチュアオーケストラ的ですがその演奏は一流。
この後のアルバムも楽しみになります。
聴いている音源
アントニン・ドヴォルザーク作曲
交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」
伊福部昭作曲
シンフォニア・タプカーラ
ゴジラ~交響ファンタジー「ゴジラVSキングギドラ」より第7曲
アンドレア・バッティストーニ指揮
東京フィルハーモニー交響楽団
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