かんちゃん 音楽のある日常

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東京の図書館から~府中市立図書館~:マイスターとウィーン放送交響楽団によるマルチヌー交響曲全集3

東京の図書館から、3回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、コルネリウス・マイスター指揮ウィーン放送交響楽団によるマルチヌーの交響曲全集、今回はその第3回目、最終回です。第3集を取り上げます。収録曲は交響曲第5番と第6番の2つです。

マルチヌーの交響曲はこの第3集に収録されている作品あたりから軽めのものが多くなっていると言いますが、私自身は少なくともこの二つの交響曲に関しては、戦争が終わったということが大きく影響していると感じています。その理由は、共に3楽章制であるがゆえにテーマが「自由」であると想像できるから、です。

交響曲第5番
マルチヌーの交響曲第5番は、1946年に作曲、初演された作品です。初演は第2回「プラハの春」音楽祭ででした。

この時期、マルチヌーはバークシャー音楽センターの講師を務めた際、宿舎のバルコニーから転落し大けがを負ってしまいます。その後遺症は障害を負ったと言ってもいいくらいのものでしたので、それが第5番にも影響しているという言及もありますが、個人的にはそれほど大きな理由と思っていません。やはり祖国チェコが解放され、新しい歩みを始めたということが大きいと感じます。それが端的に表れているのが、明るい旋律とリズム、そして3楽章制です。3楽章制をロマン派以降の作曲家が採る場合、それはテーマが「自由」であることを示しているためです。マルチヌーもおそらく、祖国チェコが解放されたことを祝い、3楽章制を採用したと考えていいでしょう。第2回「プラハの春」音楽祭で初演されたこと、そして献呈がその初演のオーケストラだったチェコ・フィルハーモニー管弦楽団に対してであることを鑑みますと、ますますテーマは「自由」であるとしか考えられないからです。

そこに、自身の大けががあったため、苦しい中でも明るく未来を見据えたいという意識がより働いたと考えていいでしょう。それをどう演奏で表現するかが注目点になるわけです。

マイスターはオーケストラに、あまり速いテンポを要求せず、丁寧な演奏を指示しています。それが提示するのは、何と歌の世界。オーケストラに徹底的に歌わせます。第5番の演奏では珍しいくらいに歌わせるのです。それが織りなすのは抒情の世界。耽美的と言ってもいいくらいですが、健康的な明るさも散見され、やはりこの曲のテーマは解放され自由になった祖国への想いだろうと受け取れるのです。おそらく、マイスターも同じ解釈をしているものと思われます。そのうえで、マルチヌー自身が負った障害が重なっていると見ているのではと感じられます。その意味では、チェコの指揮者やオーケストラよりも更に作曲家の内面も掬い取った演奏だと言えるでしょう。見事な演奏です。

交響曲第6番
マルチヌーの交響曲第6番は、1953年に作曲された作品です。交響的幻想曲と題され、フランスの作曲家ベルリオーズに敬意を表してつけられています。この第6番だけはアメリカではなくヨーロッパで作曲された作品です。一方初演はアメリカで、1955年1月7日にシャルル・ミュンシュ指揮、ボストン交響楽団によります。そもそもがボストン交響楽団からの委嘱でした。

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マルチヌーは祖国チェコへの帰国を願っていましたが、1948年の政変で共産党が政権を握ったため実現せず、西欧諸国に移住という決断になっています。その時間軸で考えますと、帰れなくなった祖国への望郷の想いと苦しみが、作品を覆っていると言っていいでしょう。複雑な調性を選んだのは、それこそベルリオーズ幻想交響曲の、あの目くるめく幻想の世界が自らと重なる点が多かったからとも言えるでしょう。それが幻想的交響曲という標題につながったと言えます。

そのうえで、この第6番も3楽章制です。ベルリオーズ幻想交響曲に完全に倣ったのであれば5楽章制を採用するはずなのに、3楽章制なのは明らかに共産党政権になったことで祖国の解放を願い、テーマを「自由」としたが故だと言えます。そこに、帰国できずに狂うマルチヌーに去来したのが、ベルリオーズ幻想交響曲だっとすれば、なるほどこうなるよなあと言う構成です。

その点を最大考慮した、バランスのいい演奏になっています。正確には幻想と言うよりは本人からすれば幻聴や幻覚に支配されており、その原因が祖国にあるという構造を如何に理解し、表現するかなのですが、そこをホールの響きも利用し、明確なサウンドを構築して、祖国への想いへと昇華させる想いを演奏で表現しています。マイスターのこの辺りの解釈はさえていますね~。それに共感するオーケストラも生き生きとしています。現代でもマルチヌーが経験した、似たようなことは多くの場所で起きているという悲しい現実が、団員たちに共感の嵐を起こしているようにすら聴こえます。ゆえに私の心をぐさりと貫いていきます。

マルチヌーがこの第6番に込めたのは、祖国に帰国できないというようなことが未来には起こってほしくないという、強烈なメッセージであるように受け取れますし、また指揮者とオーケストラも同じように受け取っていると感じます。マルチヌーの特にこの2つの交響曲はこの21世紀により演奏されていく作品になっていきそうです。その意味でも、この録音はこれからまた重要になっていくことでしょう。

 


聴いている音源
ボフスラフ・マルティヌー作曲
交響曲第5番H.310
交響曲第第6番「交響的幻想曲」H.343
コルネリウス・マイスター指揮
ウィーン放送交響楽団

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