かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:バッハ マルコ受難曲コープマン版

東京の図書館から、今回は府中市立図書館のライブラリである、バッハのマルコ受難曲を収録したアルバムです。トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック管弦楽団・合唱団他による演奏です。

バッハは受難曲を4つないし5つ書いたとされていますが、現在残っているのは2つ、ヨハネ受難曲マタイ受難曲のふたつだけで、ルカ受難曲が一部が残っているだけです。それ以外は散逸し残っていないとされています。

ですがルカ受難曲が一部残っていることから、マルコ受難曲も復元できないかという取り組みは19世紀から行わてきました。現在幾つかのヴァージョンが存在していますが、今回はそのうち指揮者で演奏家でもあるトン・コープマンが復元した、コープマン版となります。

コープマン版の特徴は、幾つかの自由詩は自身が作曲して補筆しているという点です。マルコ受難曲はその内容からマタイ受難曲ヨハネ受難曲の中間のようなヴォリュームを持っています。さらに元となるマルコ福音書はそもそも作者不詳でとりあえずマルコとされておりペテロからの聞き取りの形を採っているため、内容が質素という特徴を持ちます。

ja.wikipedia.org

ゆえに自由詩のヴォリュームはヨハネ受難曲の半分くらいで、さらに復活の後の記述も少ないことから、あまりドラマティックな形になっておらず、ヨハネとマタイの両受難曲より新しい曲である割には古風な印象を持ちます。自由詩以外はほぼバッハが1731年までに書いたカンタータなどを転用しているとし、自由詩も少ないことから、演奏は2時間ほどかかる割には質素に感じます。コラール合唱はヨハネやマタイでも聴かれるものが採用されています。以下に歌詞のヴォリュームの差を例示したをブックレットから引用します。

歌詞のカテゴリー 自由詩合唱曲とアリア コラール
ヨハネ受難曲》   10         11
マタイ受難曲》   17         10
《マルコ受難曲》    9         16

古風に感じるのは、恐らくコラールのほうが多いことが理由だと思います。コープマンもそれを意識した補筆にしていると考えられます。そして私自身がバッハのカンタータを全て聴いたことがあるという経験も、古風に感じる理由の一つかもしれません。聴いていてどこかで聴いたことがあるぞという曲がいくつも出てきます。それは明らかにバッハが1731年までに作曲したカンタータを基にしているからです。バッハはそれ以降もカンタータを作曲してはいますが、実際は1731年までに現在残されているほとんどのカンタータを作曲してしまっているのです。

ここで、そんな手抜きを作曲家がするのか?作曲家への冒涜では?と思われる方もいらっしゃるかも知れません。コープマンやそれ以外の人たちがバッハの旧作から復元しようとしたのにははっきりとした理由があります。それはバッハ自身が自作を転用することが多かったという史実です。その事実から、旧作から復元可能であると考えているわけです。特に上記で上げた歌詞のヴォリュームから言って、バッハが新しく曲を書くことをポジティブとはしなかっただろうという推測を立てていることも理由の一つです。マルコ受難曲が書かれた1731年というタイミングは、必ずしもバッハは飽食していたライプツィヒ市参事会との関係は良好とは言えず、新作を作るインセンティブは低下していたとも推測できることも、旧作から復元できるとする理由の一つです。この時期のバッハは旧作から転用して新作を作ることも盛んに行なっているからです。ゆえに作曲家を冒涜する行為ではなくむしろリスペクトしていると捉えるべきです。

そのうえで、コープマンは、自由詩においては新作もあったのでは?と考え新作を差し入れたのです。それは旧来使えるとされていたバッハの旧作が、歌詞と音符が合わないという、演奏もするコープマンらしい視点故です。そうなるとここだけは新作を入れたのではと、コープマンは考えた、というわけです。この辺りはブックレットを是非とも読んでいただきたいとこです。全く新作を作りたくないと考えていたわけではなく、「この連中のために新作を作る気はない」とバッハが考えていたはずだという推測に基づけばその考えも成り立つわけで、そこもまた作曲家へのリスペクトです。

つまり、コープマンは詳細な楽曲の研究より、バッハが全て新作を作ったとは考えづらく、しかし全て旧作から転用したとも考えづらいと結論付けた、ということなのです。では新作はどこなのか?と考えた時におそらく歌詞と楽譜が合わない、自由詩だろうと結論付けたのです。それ以外はほぼ間違いなく旧作からの転用と結論付けたのです。

この伝統はそれ以降にも引き継がれ、現代まで様々な作曲家が行っています。近いところでは伊福部昭も、映画「ゴジラ」のサウンド・トラックで防衛隊のテーマを旧作(旧陸軍を讃える行進曲)から転用しています。これもバッハからの伝統なのです。そういうことを知っていると、このマルコ受難曲は聴いていて楽しく、ニヤリとする部分もたくさんあります。

なおCDは2枚組で、第1部を1枚目、第2部を2枚目に収録しています。

演奏では、ソリストでイエス役がペーター・コーイというのは日本人としては嬉しいところです。バッハ・コレギウム・ジャパンにも長く参加し続けているペーター・コーイがイエス役だとどこかほっとします。またエヴァンゲリスト(福音史家)にはクリストフ・プレガルディエンとこれも実力派。それぞれ印象的な歌唱を聴かせてくれます。どこか古風に感じる曲の中でドラマティックな歌唱を響かせ、マルコ受難曲もしっかりと人間ドラマであるということを気づかせてくれます。

合唱も少年合唱団と大人の合唱団が共に歌い、それが溶け合っているのもいいです。この形はマタイ受難曲と一緒だと言えますが、マタイのように二つに分かれるようなことは行っていません。その意味では、成立時期が1731年ということで、オペラ的要素をバッハが付与したという考えだと思いますが全く自然です。

オーケストラは古楽アムステルダム・バロック管弦楽団。実はコープマンが創立した団体です。また合唱団も大人のほうがこのアムステルダム・バロック管弦楽団に付属する合唱団で、ともにコープマンの手兵ということになります。どっしりとしつつもリズムを立たせる演奏で、このスタイルが人間らしさを際立たせています。このコープマン版を演奏するには相応しいコンビと言えましょう。コープマンがスコアや史実から掬い取ったバッハの精神を見事に具現化させています。こうなるとコープマンとアムステルダム・バロック管弦楽団のコンビによるバッハのカンタータ全集も聴きたくなりますが・・・おそらくブリリアント・クラシックスでしょうねえ。となると、もう手に入りにくいかもしれません。Qobuzならまだ可能性があるかもしれませんが・・・それはもう少しじっくり考えたいと思います。何しろ物入りなので・・・

 


聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
マルコ受難曲BWV247(トン・コープマンによる復元版)
シベッラ・ルーベンス(ソプラノ、証人1・女中)
ベルンハルト・ランダウア―(アルト)
クリストフ・プレガルディエン(テノール、福音史家)
ポール・アグニューテノール、ペテロ、ユダ・兵士・百人隊長)
クラウス・メルテンス(バス、大祭司・ピラト・証人2)
ペーター・コーイ(バス、イエス
レダサクラメント合唱団少年合唱団員
トン・コープマン指揮
アムステルダム・バロック管弦楽団・合唱団

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