かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:ラトルとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるブラームスの交響曲全集2

東京の図書館から、3回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、サイモン・ラトルベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるブラームス交響曲全集、今回は第2回目、第2集を取り上げます。収録曲は第2番と第3番です。

交響曲第2番
交響曲第2番は1877年に作曲された作品です。着手が6月、10月に完成と第1番に比べて物凄い短期間で完成された作品としても知られています。明かに自分が交響曲に何を求めているのかが第1番で定まったことが早い完成につながっていると個人的には考えます。

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第1番に比べて伸びやかという記述がありますがそれは一面しか見ていないと感じます。ブラームスの「土臭さ」は第1番同様あります。そしてブラームスがなにも陰鬱な音楽しか書いていないわけではないですし。室内楽だと明るい曲も数多くあります。

むしろ、ベートーヴェンという呪縛から第1番によって解き放たれたことで、室内楽でも存在する明るい曲を書くことに抵抗がなくなったという印象を受けます。

ラトルはその視点なのか、この曲でも随所に繊細な表現をオーケストラに要求し実現させています。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と言えばカラヤンの演奏で硬質な印象がありますし実際その点はあるのですが、しかしこの演奏では実に伸びやかかつしなやかです。まさにベートーヴェン交響曲第6番「田園」と比肩する音楽がそこにあります。ですが全くもってブラームスらしい音楽になっていることも確かで、そのブラームス「らしさ」ということをいかにして表現するかという点で、ラトルは細かい表情付けを行わせており、それは見事な効果を生んでいます。私はこの演奏好きです~

一方でテンポは伝統的なドイツ音楽のどっしりとしたものになっています。とはいえ、その「伝統」は果たしていつを指すのかというところではなかなか議論が分かれると思います。ですがどっしりとしたそのテンポはオーソドックスでありながら、実に雄弁。テンポの速い演奏も好きですがこのオーソドックスなどっしり系も大好きです。どこかブラームスが第1番までの強迫性から解放されほっとしているような印象で、ラトルがそのように解釈したように聴こえます。それがまた聴き手の私もほっとするところ。ブラームス、良かったね~と思ってしまいます。自然の美しさに感動し、うっとりするというのは多くの人が持っている感情だと思いますし、ゆえにブラームスのこの第2番に日本人でも感動できるという普遍性があるわけです。

交響曲第3番
交響曲第3番は1883年に作曲された作品です。5月に着手し完成は10月と、これも5か月で書き終えています。

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第2番よりは多少暗めの曲ではありますが、随所に明るい部分もある作品なので、私自身はブラームスの繊細さが存分に出ている作品だと理解しています。それはラトルも同じように感じます。というより、それはほとんどの指揮者は同じ解釈でしょう。細かいところは違うことがありますが。その意味では明かにラトルの解釈はオーソドックスなものです。

そして、この第3番ではさらに生命力も感じられます。第2番でもそれは十分感じられるのですがこの第3番ではさらに強烈に感じます。その意味では、ハンス・リヒターの「この曲は、ブラームスの『英雄』だ。」という評価には私は異議を唱えるものです。ブラームスがそれに対してノーコメントだったのは当然であるように思われます。それはラトルも同じであるように思うのです。英雄、つまりベートーヴェン交響曲第3番ですが、それの勇壮さに対して、このブラームスの第3番はむしろ内面の繊細さを自然と外に出したような作品なので、全く違うように思うのですよね。

第1楽章には勿論激しい音楽もありますし、また第4楽章も激しい部分がありますが、かといって勇壮だと感じるのかと言えばどこか矛盾を感じています。むしろ「人間とはこういうものだ」というような、ブラームスの人間観が反映されている作品だと思うのです。ラトルも同じではないかなあと思っています。

この第3番もどっしりとしたテンポでそれもまたオーソドックスな選択です。ゆえに音楽は伸びやかでもありますが、どこか憂いも感じるのです(特にかつて「N響アワー」のテーマとして使われた第3楽章)。とはいえ決して深刻ではなく第2楽章では明るい部分も確かにあります。この点でも雄弁な演奏だと言えますがそれはベートーヴェン交響曲第3番とは違う雄弁さです。リヒターは誉め言葉なのでしょうがどこかピントが外れているような印象を私は持ちます・・・

その意味では、このラトルの演奏は是非とも何の説明もなしに聴いてほしいと個人的には願います。そのうえで自身が共感するか否かが判断材料のように思うのです。私自身は、小さい時に登った八ヶ岳の風景も想起される部分がある演奏で、ラトルもまた美しいものをたくさん見てきたのだろうと思うと嬉しくなるのです。

 


聴いている音源
ヨハネス・ブラームス作曲
交響曲第2番ニ長調作品73
交響曲第3番ヘ長調作品90
サイモン・ラトル指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

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