かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:ショルティとシカゴ交響楽団によるベートーヴェン交響曲全集4

東京の図書館から、シリーズで府中市立図書館のライブラリである、ショルティ指揮シカゴ交響楽団の演奏によるベートーヴェン交響曲全集をとりあげていますが、今回はその最終第4集を取り上げます。

この演奏は不思議だなあと思います。どっしりしつつも、どこか性急な感じもあり、けれどもかといって情熱がないのではなく、まさに「田舎に来たうれしい気持ち」もしっかりと表現されているからです。

悪い演奏だとは思いません。さすがシカゴ響だと思いますし、ショルティのタクトも素晴らしいと思うんです。ですが、魂に入ってこないんですよねえ、不思議なことに。

BGMとして聴いているのであれば特段問題ないんですが、聴き入ると、いろんな点が一気にきすぎて、整理しきれないという感じがします。いや、そんな演奏がもともとダメなのではなく、演奏者側がどこか整理しきれていないのかな、という印象を受けるのです。

或いは、それが「当たり」で、もう少し聞きこまないと私のほうが受け取れないのかもしれないので、ダメ!と烙印を押したくないんです。ショルティとシカゴ響ですよ?実力的に申し分ないコンビなのですから、何かがある、と考えるのが自然です。

今回、プレーヤーをちょっと変えて、ソニーのHi-Res Audio Playerを使って聴いています。これはソニーのポータブルスピーカー、SRS-HG10と連動し、スピーカー側をオートにしておけば、ハイレゾではないものは自動的にハイレゾ相当にし、ハイレゾを聴くときはハイレゾそのままで聴かせるという代物なのです。ソニーハイレゾ相当にする技術であるDSEE HXがハイレゾではないのでは自動的に動作し、ハイレゾでは自動的に動作しないというものです。

そのプレーヤーのせいなのかどうかまではわかりませんが、もしかするとこの録音の時、マイクをいくつかつかっているかも、という気がします。それをミックスした録音というものは非常に多く存在します。そうなると、ハイレゾ相当にしたときに、必ずしもいい感じにはならない可能性もあります。実際、この音源をリッピングしたときにチェックで聴いていますが、その時はこのプレーヤーではなかったので特段感じなかったように思うのです。

そうなると、やはり録音時の設定に、その原因を求めるほうがいいのかもなあ、と思います。あくまでもDSEE HXは「疑似」ですし、その点も考慮する必要があるかもなあと思います。この点は痛しかゆしだと言えるでしょう。

その点では、同じソニーのMusic Center for PCのほうが、DSEE HXを手動で解除できるだけ、優れているのかもしれません。いずれにしても、いい演奏であることには変りありません。特に第3楽章以降は絶品ですし、カップリングのレオノーレ第3番も情熱的で、これは魂に語り掛けてきます。

レコーディング・エンジニアがCDが補正するということを考慮に入れたセッティングをしていたとしたら・・・・・もしかすると、この全集はその役割を果たしたのかもしれません。これ以降はCDで私はもっていますので借りてきていませんが、第7番と第8番はアップサンプリングしても問題ないので、もしかするとプレーヤーのセッティングなのかもしれません。

デジタル時代の聴き方というものを、考えさせられた事案でした。

 


聴いている音源
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
序曲「レオノーレ」第3番作品72b
サー・ゲオルグショルティ指揮
シカゴ交響楽団

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