かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:サン=サーンスの「ノアの洪水」

東京の図書館から、府中市立図書館のライブラリを今回はご紹介します。サン=サーンスが作曲したオラトリオ「ノアの洪水」です。

旧約聖書の創世記に範をとっているのは明らかで、この話は日本人でも大勢知っているのではないでしょうか。いわゆる「ノアの方舟」です。

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美しいヴァイオリンの前奏曲の主題。しかしそれは単なる前奏曲ではなく、むしろ人間の幸せだった日々、と捉えるほうがよりテクストに近づくでしょう。なぜなら、第1曲はいきなり「人間の堕落」から始まるからです。

もちろんそれは、範を取っているのが旧約聖書だからです。実際には大洪水は中東を中心に神話として残っており、何らかの大水害が起こったのは確実だろうと言われています。その意味では、この作品は普遍性を持つとは思うんですが、何分テクストは旧約聖書なので、初演こそ大成功でしたが、徐々に演奏されなくなります。

というよりも、このエピソードのようにハッピーエンドにはならないような、まるで黙示録のような事態が世界を覆うからというほうが適切だと思います。成立は1874年(CDでは1876年との表記があります)。そのあと何が起こったか・・・・・数々の戦争です。しかも作品成立ののち40年で第1次世界大戦、60数年で第2次世界大戦が勃発。第1次世界大戦ですでに今の生物化学戦へと発展する毒ガス兵器が実用化されています。そのうえで第2次世界大戦では核兵器まで実用化されました。

そんな世界を見てしまえば、むしろ創世記よりは黙示録のほうに目が行ってしまいます。そんな状況下で、とにかく「やり過ごして生き残る」テクストがもてはやされるとは思えません。戦うことのほうが優先されてしまうので。かつフランスは第2次世界大戦ではドイツの占領下に置かれます。演奏されなくなるのも当然のように思われます。そのうえで、音楽の流行はサン=サーンスの様式よりはるかに「ぶっ飛んで」行ったわけです。後期ロマン派というよりはむしろ、前期ロマン派的フランス国民楽派というほうがサン=サーンスは定義されるように私は思っているので・・・・・

フランスも19世紀~20世紀にかけては戦争の世紀で、ヨーロッパ諸国とも、そして植民地でも戦争に明け暮れました。それでも19世紀までの戦争はまだ国民生活に思いっきり暗い影を落とすところまではいかないものです。けれども、サン=サーンスはこの作品で「やり過ごす」というテクストを使っているということは、一つの抵抗だったのではないかという気もしますが・・・・・

前半まではレチタティーヴォにはハープが通奏低音として使っていますが、神の怒り、そして洪水へと至るまでにはもうそれはなく、むしろ重厚なオーケストレーションにより合唱をサポートするものへと変化しているのは展開として素晴らしい作品だと思います。サン=サーンスの声楽曲は美しいものが多いですが、ここでは美しさだけではなく神妙さだったり、奇跡性だったりとかの強調が多く、のちの不協和音バリバリの20世紀音楽を用意しているとも考えてもいいのではと思います。

カップリングの2曲も声楽曲として美しくかつ神秘性を持つもの。サン=サーンスの作品のもう一つの魅力がここにあるように思います。

そんな作品群を演奏するのがメルシェ指揮イル・ド・フランス国立管。合唱団は少し物足りないという指摘もありますが、私にはそうは感じられませんでした。軽めの発声を心がけることで、むしろしなやかで力強い演奏へとつながっており、ゆえに音は硬質ではなく柔らかい。その柔らかさに堪えられないんだろうと思います。サン=サーンスがこれらの作品で言いたいのは力強さではなく、繊細さだとすれば・・・・・・それ自体がラディカルな思想なのかもしれません。オケも合唱団もその「ラディカルさ」を共通理解としての演奏なのであれば、これははっきり言ってロックンロールなのです。そういった感受性は、日本のクラシック・ファンには少ないのかもしれませんね。

 


聴いている音源
カミーユ・サン=サーンス作曲
オラトリオ「ノアの洪水」
騎手のフィアンセ(1887)
夜(1900)
フランソワーズ・ポレイ(ソプラノ、ノアの洪水)
ナタリー・ドゥセ(ソプラノ、夜)
リュシル・ヴィニョン(メゾ・ソプラノ、ノアの洪水・騎手のフィアンセ)
ダニエル・ガルべス=バレーホ(テノール、ノアの洪水)
フィリップ・ルイヨン(バリトン、ノアの洪水)
ジェラール・ジャリ(ヴァイオリン、ノアの洪水)
ジャン=ミシェル・ジャリアーニ(ヴァイオリン、ノアの洪水)
テオドール・コマン(ヴィオラ、ノアの洪水)
アンヌ=マリ・ロシャール(チェロ、ノアの洪水)
ピエール・ブラズ(フルート、夜)
ジャック・メルシェ指揮
イル・ド・フランス国立管弦楽団
イル・ド・ヴィットリア地区合唱団(合唱指揮:ミシェル・ピクマル)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。