かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:スークとパネンカによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集2

東京の図書館から、4回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、ヨゼフ・スークとヤン・パネンカによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集、第2回の今回は2枚目に収録されております第4番~第6番を取り上げます。

事実上の連作と言っていい、第4番と有名な第5番「春」。そして作品30の一つとして作曲された第6番。しかし作曲年代は1800~1802年の3年間で作曲されており、まとまって作曲されたと言っても差し支えないのではないかと思います。

その中でも特異なのが有名な第5番「春」だと言ってもいいでしょう。第4番と第6番は3楽章制であるのに対し、第5番「春」は4楽章制。あまりにも平易な第1楽章。魅力的な作品ですが意外と特異な作品でもあります。

その特異な作品を、スークは愛おしく演奏しています。勿論それは他の2曲に対しても同様ですが、特に第5番では顕著に感じます。細かい部分のアーティキュレーションが素晴らしく、まるで歌を聴いているかのよう。

愛おしさいっぱいの演奏はとても暖かく、人間味を感じます。音楽を楽しんでいる様子が手に取るようにわかるのも好印象です。それは樫本大進とは多少視点が異なるのですが、どちらも魅力的な演奏をしており、楽しいものです。

もちろん、人間味あふれる演奏は第4番と第6番に対してもですので、この第2集を聴いているのはとても楽しい時間です。つい第5番にだけ目が行きがちなのですが、第4番の演奏も第6番の演奏も慈愛に満ちたもので注目すべきものです。こういう差別がない演奏は爽快!

ベートーヴェンの作品もなのですが、我が国では管弦楽作品が「上位」として認識され、室内楽作品は「下位」として認識される傾向があります。しかしこの演奏にはそういった差別もありません。作品に対する愛情にあふれており、差別もありません。こういう演奏姿勢は高く評されてしかるものでしょう。

まさに、正月に聴くにふさわしい演奏だと言えるでしょう。新年を機会に、音楽にたいする私たちが持つ「差別」というものを考えてみてはいかがでしょうか。

 


聴いている演奏
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
ヴァイオリン・ソナタ第4番イ短調作品23
ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調作品24「春」
ヴァイオリン・ソナタ第6番イ長調作品30-1
ヨゼフ・スーク(ヴァイオリン)
ヤン・パネンカ(ピアノ)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

東京の図書館から~府中市立図書館~:スークとパネンカによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集1

東京の図書館から、今回から4回シリーズで、府中市立図書館のライブラリである、ヨゼフ・スークとヤン・パネンカのコンビによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を取り上げます。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタに関しては、すでに神奈川県立図書館で借りてリッピングしてあるものと、ハイレゾを購入したものとがありますが、さらにこの全集が加わったことになります。

それにしても、府中市立図書館の全集収集率は高いです。しかも、それは神奈川県立図書館に匹敵するという・・・・・さすが東芝自衛隊がある街です。

この全集を借りた動機は、まさにヴァイオリニストがヨゼフ・スークであることです。ヤン・パネンカもピアノが必要な室内楽作品ではスークとのコンビがおなじみなので、この演奏はよさそうだなと思い、借りたのです。

4枚組のまず1枚目には、作品12である第1番~第3番までを収録。このスークの演奏は意外とアインザッツも強め。それでいて繊細さも併せ持ち、聴いていて爽快です。

もちろん、弦楽四重奏曲などでは、かなり強めのアインザッツが特徴であるアルバン・ベルク四重奏団なども素晴らしいですが、ソナタだとやはりスークなどの旧東側のヴァイオリニストもいい味出しています。アインザッツが強ければいいってものでもないですし。

その意味では、私としてはベートーヴェン室内楽においては、ライブラリとしてアインザッツが強いものとそうでもないものの二つをそろえておくといいと思います。人間の感情としてかなり強い時とそうでもない時とがあります。その時々に応じて、聴く演奏を使い分ければいいだけです。というより、使い分けるほうがより人生は豊かになると思います。

そんな気持ちもあって、あえてこの全集を借りてきた次第だったのですが、こう当たりの演奏を聴きますと余計に喜びは倍増します。

この演奏を、いつも通りDSEE HXを動作させて聴いていますが、特に高音部における空気感がいいですね~。元音源はDENONだったと思うのですが、この録音に関してはいい録音だと思います。

つい、ヴァイオリニストの演奏に注目しがちですが、そもそもピアニスト・ベートーヴェンの作曲なのですよね。実はピアノパートも聴きどころ満載なのですが、そのパネンカのピアノもしっかりと拾う録音が素晴らしい!ベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ」とは何か?がよくわかっている演奏であり、そして録音だと思います。

 


聴いている音源
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ長調作品12-1
ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調作品12-2
ヴァイオリン・ソナタ第3番変ホ長調作品12-3
ヨゼフ・スーク(ヴァイオリン)
ヤン・パネンカ(ピアノ)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

2023年のごあいさつ

皆様、遅ればせながら、おめでとうございます!

今年もこのブログをよろしくお願いいたします。

さて、一昨年末にいきなり痛みが走り出勤できなくなってから、もう1年以上が経ってしまいました。私の人生の中でこんなにも仕事から離れたことは社会人になって初めてであり、しかも1年間全く仕事ができないというのも人生初めてです。

動けない中で自分が何を伝えて行けるのだろうかと、模索した1年間でした。折角コンサートは再開し始めても自分の体が不自由でそう簡単ではない日々。治療費などで親族に負担をかけ続けながら、自分が生きるとはいかなることなのかを考えた一年でした。

さらには、ロシアによるウクライナ侵攻などもあり、人が生きるとは?関係性とは?そしてその中で音楽とは?と考える1年でもあったと思います。そんな昨年を受け継ぎ、新しき年もまた、芸術とは何か?自分が生きるとは?その中で音楽とは?と考える1年になりそうです。

金銭的な事情からハイレゾはあまり買えていないため、皆様に音源をご紹介するのはなかなか難しくなっていますが、しかし3か月くらいのスパンでは今年はご紹介したいなと思っています。また、最近はいろんな音楽がyoutubeに上がるようになり、その中にはオリジナルのものも出てきており、今年はそんな作品などもご紹介できればと思っています。金銭的な余裕があればネット公開されているコンサートなどを「コンサート雑感」のなかで取り上げられればとも思っております。

おそらく今年は私の人生において岐路に立つ年になるだろうと予測しております。傷病手当金を受け取るようになり1年が経っており、職場にどれだけいられるのかもリミットが近づいてきているためです。そんな状況の中でどれだけエントリを立てられるかは未定なのですが、できるだけ当面は現在の更新スパンで行きたいと思っております。ただ状況によって更新頻度が変わるかもしれません。その際はできるだけお知らせしたいと思っております。

そんな年を見据えて、一つ考えておりますのは、新たにVLOGを始めようか、ということです。まだ本決まりではないのですが・・・・・今のところかなり漠然としたものとなっており、チャンネルをどのようにするかもかなり漠然としています。ただ、クラシック解説系はすでにyoutubeでも乱立しております。なので私としては自分の好きな鉄道とクラシックを合わせたチャンネルにしたいとは思っております。例えば、コンサートへ行く道程はほとんどが鉄道になりますのでその道程や、ホールの周辺紹介、そしてコンサートの感想を即動画としてアップする、帰り道の鉄道紹介などのチャンネルにしようかとも思っております。

一つのチャンネルにするのか、それとも複数にするのかもまだ漠然としており、はじめるに至っていませんが、できればですが、著作権の問題がクリアできるのであれば、車窓とクラシック音楽を組み合わせる、などはやりたいなあと思っています。そもそも、ネット上で私自身が主宰しているものもありますのでそれとの兼ね合いもありますのでバランスを取ってということにはなるのですが・・・・・・

そのチャンネルはこのブログとはあまり連携させないつもりです。たまに関係づけるということはやるかもしれませんが・・・・・始めた時にはまた広報したいと思います。ほぼ間違いなくメディアはyoutubeなのですが、そのyoutubeも最近は儲からなくなってきていると聞いておりますので、自らがどう生き、どう稼ぐのかという観点でどのようにするのかを決めたいと思っております。少なくともyoutube専業ということは考えておりません。それをしますとおそらく私自身が本当にやりたいことを見失うような気がするのです。あくまでも私がやりたいことをし、そのことに共感を示してくださる人がご自身でお考えになったうえで支持していただければと思っておりますが故です。来週はそんな私がチャンネルを開きたいと思った人のテーマ曲をご紹介できればと思っております。

今年は激動というか、変化の年になりそうです。皆様の御支持を頂ければ幸いです。

 


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東京の図書館から~小金井市立図書館~:ノイマンとチェコ・フィルによるマルチヌー交響曲全集3

東京の図書館から、3回シリーズで小金井市立図書館のライブラリである、ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるマルチヌーの交響曲全集を取り上げていますが、今回はその第3回です。

最後3枚目には、第5番と第6番が収録されています。特に第5番は、チェコ・フィルに献呈された作品で、第2回「プラハの春」音楽祭で初演された作品です。つまり、チェコ・フィルにとてもゆかりのある作品なのです。

そのせいなのか、むしろこの全集では第5番こそ戦争後の明るい雰囲気を感じるものになっています。他の演奏と比べても、単なる愉悦だけではない、マルチヌーらしい複雑な部分もしっかりと表現されており、まるで音の織物です。

第6番はロジェストヴェンスキーが「豊かな音楽」と評したように、さらに複雑な音楽を持つ作品ですが、その複雑なことを楽しんでいる様子が目に浮かびます。精神性を力いっぱい・・・・・という多少肩ひじがはるようなこともなく、自然体な演奏からは、作曲者へのリスペクトと共感が見て取れます。

そして、その指揮者とオーケストラの「愉悦」と「共感」は、私の魂を喜びで満たしてくれます。こういう不思議な作用が、マルチヌーを聴く魅力なんです。

さて、最近はマルチヌーではなくマルティヌーと表記するようにもなってきたようですが、あえてCDの表記通りマルチヌーとしています。そもそもチェコ語の発音だと日本語にすればマルチヌーですし。ただ日本の協会が国際協会の支部になったついでにマルチヌーからマルティヌーに変えたとのこと。そうなると今後はマルティヌーのほうがいいのかもしれません。

いずれにしても、マルチヌーの音楽が国際的な広がりを見せてのことなので、その広がりは歓迎したいと思います。マルチヌーの芸術は崇高というものではないですがしかし自由で自在で洒脱です。聴いていて魂が喜びを感じるものです。音楽とは何か?を突き詰めた作品であるともいえるのです。そんな芸術が広がっていることはとても喜ばしいことです。

実はこの全集、私はflacに変換してスマホに入れてあります。勿論聴く時にはDSEE HXを動作させてとしていますが、ブリリアント・クラシックスのものもあるのになぜこちらを選んだのかと言えば、この全集の総括になるかと思いますが、何よりもチェコ・フィルの細部までしっかりとした表現と、複雑性を楽しんでいる姿勢です。マルチヌーの芸術が何たるかをしっかりと認識しているこの演奏は、聴いているうちに自然と楽しくなってくるから不思議なものです。

スプラフォンにしてはDSEE HXを動作させて聴きますと感じる空気感。そしてチェコ・フィルの細部までに行き届いた繊細で力強い、生命力を感じる演奏。マルチヌーの交響曲という芸術を雄弁に語っている、優れた全集です。おお!小金井やるな!と思うライブラリです。

 


聴いている音源
ボフスラフ・マルチヌー作曲
交響曲第5番
交響曲第6番「交響的幻想曲」
ヴァーツラフ・ノイマン指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

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コンサート雑感:東方政策40周年記念 MAXフィル「第九」特別演奏会を聴いて

コンサート雑感、今回は令和4(2022)年12月27日に聴きに行きました、MAXフィルハーモニー管弦楽団ベートーヴェン「第九」特別コンサートを取り上げます。

今年はコンサート雑感は結局MAXさんだけとなりました。ほぼ1年という期間病気により長期休養を余儀なくされており、とてもコンサートへ行くだけの資金あるいは体力がなかったためです。

MAXフィルさんは今年の7月に、メルパルク東京が廃止されることに伴った演奏会を開催しており、その際にもベートーヴェンの第九を演奏されていますが、今回もまたベートーヴェンの第九であるわけです。がロケーションは当然のことながら9月にメルパルクホールが廃止されていますので、別の場所となっております。今回は荒川区の施設であるサンパール荒川でした。

サンパール荒川は、20年ほど前にやはりアマオケのコンサートを聴きに行きましたがそれ振り。ずいぶん久しぶりなホールです。しかし、以前よりも残響は良くなっていないか?と感心しました。こじんまりとしたホールなのでそのように感じたのかもしれません。たいてい東京特別区の区民会館というのはさほど大きいものではありません。そのため多目的ホールである割にはいい残響になっているところもあります。サンパール荒川もそんなホールの一つだと言えるでしょう。鉄道ファンとしては都電の停留所も近いというのもまた魅力の一つです。

www.sunpearl-arakawa.com

MAXフィルを指揮する古澤氏はマレーシアともゆかりがある方ですが、そのせいなのか、今回の特別演奏会は日本外務省から「東方政策40周年記念」の事業として認定されたそうです。東方政策とはマレーシアの「ルックイースト」という政策から来ており、これは西洋よりは東洋、特に日本をお手本にするということを意味しています。

www.my.emb-japan.go.jp

その政策の一端を知ることができたのが、一つ目の今回の収穫でした。今回のコンサートは以下のプログラムです。

①ヴィヴィアン・チュア 栄光の頂点
ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱付き」

ヴィヴィアン・チュアはマレーシア出身の女性作曲家そしてピアニストであり、クアラ・ルンプールのアン・ペロー音楽院院長を務めてもいます。「栄光の頂点」はMAXフィルさんのプログラムによりますと、マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団の委嘱により作曲され、2017年8月12日に今回指揮されている古澤氏によりペトロナスフィルハーモニー・ホールにてマレーシア・フィルとMAXフィルさんの合同演奏により初演されています。ベートーヴェンの第九を演奏する1プロとして演奏されることを前提とされており、「第九のモティーフとマレーシアの牧歌的な雰囲気を組み合わせたメロディー、祝祭的なリズムが見事に絡み合い、見事なコーダを迎える」(MAXフィルさんのプログラムより)音楽です。

第九のモティーフはあまり感じられませんでしたが、合唱が入っているというのは第九と同じであり、ある意味マレーシアの作曲家による「合唱幻想曲」であると私は受け取りました。マレーシア風な旋律のほうが強く出ておりかつそのフレーズが完全に芸術の域に達しており、途中の手拍子は民衆的ですがそれすら芸術の高みへと昇っており、どこを切っても素晴らしい管弦楽作品となっていました。まさに「アジアの時代」と言えるような作品です。MAXフィルさんの演奏ものびのびとしており、もしベートーヴェンが生きていたとすれば、喝采する作品そして演奏だったかもしれません。

その「栄光の頂点」を受けての、第九。今回休憩なしに突っ込みましたので余計緊張感高まる感じでした。今回はあまりオケが突っ込んではいないんですがそれでも多少突っ込み気味のところがありました。しかし古澤氏が見事なタクトで手綱を引いており、どっしりとしつつもアグレッシヴな演奏となっていました。熱が入っているなあと感じました。3年ぶりの年末の演奏ということもあってか、想いがこもっているというか・・・・・どこか熱いものが私自身にも湧き上がっていました。

そして、第4楽章。ところどころ見えを切るような部分もありつつも盛り上がっていく演奏。特に合唱が入ってからはヴォルテージが一段上がったように思います。一見すればあまり気をてらわないオーソドックスな解釈なのですがしかし随所に気持ちが入っているのが散見され、もう涙腺崩壊寸前。そして、ユニゾンの部分ではついに涙腺が崩壊し男泣きに泣きました・・・・今年は仕事もできず思うように生きてきたとは言えない一年だったのですが、しかし同じような同志にも巡り合い、その同志のことも考えていたらもう涙腺は崩壊するしかありませんでした・・・・・

御身のやさしい翼の留まるところ、すべての人は同胞となる・・・・・実は以前から紹介したいyoutuberがいるのですが(年を越しましたらご紹介したいなと思っております)、その方の生き方がこの第九の歌詞とダブるのです。ベートーヴェンがシラーの「歓喜に寄す」に感動して第九を作曲したように、その感動は時代を超えてなお人々の心を打つのだと思います。ソリストの方々は合唱に多少押され気味だったようにも思いますがやはり第九は合唱がオーケストラパートだともいえますので、合唱団が素晴らしければすべてよし、と言っていいと思います。最後のプレスティッシモは一段とヴォルテージが上がりアップテンポとなり、祝祭感のうちに終わりますと、もうブラヴォウとしか言いようがありませんでした。

来年はまたいい歳でありますようにと、MAXフィルさん恒例の「蛍の光」がアンコール。今回はまだ新型コロナが終息しておりませんので観衆である私たちも歌うということはありませんでしたが、しかし今年も暮れていくという感情に浸りました。本当に素晴らしい演奏をありがとうございましたと関係者の方々には伝えたいと思います。

さて、今年最後のエントリとなりました。昨年から難病に罹患し、さらにはその病名が変化しさらに長期化という1年だったのですが、それでも無事ここまでエントリが立てられましたのはひとえに読んでくださっている皆様の応援のたまものです。この場を借りまして御礼申し上げます。最後のエントリがなんと今年最後のコンサートレビューになるとは思いもしませんでしたが、それが「自分を超えた大きな力」の配慮なのだろうと思います。来年もまたこのブログをひいきにしていただければ幸いです。皆様が良い年を迎えられますよう!

 


聴いて来たコンサート
東方政策40周年記念 MAXフィル「第九」特別演奏会
ヴィヴィアン・チュア作曲
栄光の頂点
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
交響曲第9番ニ短調作品1255「合唱付き」
林田さつき(ソプラノ)
長澤美希(アルト)
澤崎一了(テノール
照屋博史(バス)
MAX第九合唱団
古澤直久指揮
MAXフィルハーモニー管弦楽団

令和4(2022)年12月27日、東京荒川、サンパール荒川荒川区民会館)大ホール

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東京の図書館から~小金井市立図書館~:ノイマンとチェコ・フィルによるマルチヌー交響曲全集2

東京の図書館から、3回シリーズで取り上げております、ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるマルチヌーの交響曲全集、第2回の今回は2枚目に収録されております、第3番と第4番を取り上げます。

第3番は1944年、第4番は1945年の作曲とあって、それぞれ曲調は正反対ですが、しかしマルチヌーらしさが全面にでた作品であることは間違いありません。

録音は1978年。まだチェコチェコスロヴァキアとして共産国でした。しかも、「プラハの春」以降。そんなチェコの現状を反映するかのような、複雑さと繊細さが演奏には同居します。第4番は戦争が終わって喜びを表現しているとは言われますが、この演奏を聴いている限りでは単純に喜んでいるようには見えません。

そもそも、マルチヌーの作品は単純なものではないと私は考えています。ですのでこのチェコ・フィルの演奏はさすがのスコアリーディングであると思います。第4番は喜びというよりは、ホッとするというような。

マルチヌーの交響曲には調性指定がありません。それをどうとらえるかが演奏の肝だと思います。ノイマンチェコ・フィルはまさにその「調性指定がない」という点に最大限配慮した演奏をしているように思います。それゆえに紡ぎだされる世界は、とても複雑で、しかしとても暖かいものとなっています。

人間の内面を表現するために、音楽の手法はどうあるべきか・・・・・20世紀音楽はその手法が次々と変わった時代をまさに象徴するものであると言えるでしょう。マルチヌーが選択した「調性なし」は、複雑な人間の内面を表現したいからこそであると考えられましょう。次々と変わる音楽としての「場面」が、明確にチェコ・フィルならではのサウンドで表現されていると言えます。

特に第3番のように、時代に閉塞感を感じるような背景を背負っているような作品こそ、その複雑な表現が似合うはずです。ノイマンのタクト、そしてそのタクトから紡ぎだされるチェコ・フィルの演奏は、マルチヌーの描く「複雑な内面」への共感に溢れています。

 


聴いている音源
ボフスラフ・マルチヌー作曲
交響曲第3番
交響曲第4番
ヴァーツラフ・ノイマン指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

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東京の図書館から~小金井市立図書館~:ノイマンとチェコ・フィルによるマルチヌー交響曲全集1

東京の図書館から、今回から3回シリーズで、小金井市立図書館のライブラリである、ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるマルチヌーの交響曲全集を取り上げます。

以前、マルチヌーの作品に関しては交響曲とピアノ協奏曲を取り上げています。マルチヌーは多少マイナーな作曲家ですので、その時に紹介したCDだけでも十分だとも言えます。ところがです、小金井市立図書館に交響曲全集を見つけてしまったんです。

それなら、どうせデータで済むわけですし、別な演奏を持ってもいいかな、と思ったのが借りた動機です。しかも、マルチヌーの祖国チェコを代表するオーケストラ、チェコ・フィルの演奏ですし、タクトは巨匠ノイマン。これは面白そうだと思ったのです。

クレジットを見てみると、たとえば今回ご紹介する1枚目に収録されている第1番と第2番の録音は1977年、プラハ、芸術家の家。そんな時期に、我が国ではそれほど有名とは言えないマルチヌーの交響曲全集を収録していたのか!と目からうろこでもあります。

第1番からマルチヌーの特徴的な和声が前面に出ており、その和声が織り成す幻想世界がなんとも言えず魅力的。チェコ・フィルの弦と金管のバランスの良さも、作品の生命を引き出すのに適切な役割を果たし、マルチヌーの「世界」がすぐそばにあるかの如くです。

マルチヌーは20世紀チェコを代表する作曲家です。ですので音楽はいわゆる20世紀音楽。そのごった煮でしかし個性が強烈な音楽が私にとっては何より魅力なのですが、その点を全く外していないのがこの演奏なのです。元レーベルはスプラフォンだったと思いますが、いやいやどうして、初めて聴いたブリリアント・クラシックスのものとどちらがいいか、迷うくらいです。

マルチヌーもわが国のプロオーケストラのコンサートピースとしては珍しいというか、まず乗らない作曲家だと言えます。でもそろそろ、スメタナの「我が祖国」だけでなく、マルチヌーがコンサートピースとして乗ることがあってもいいように思います。その意味では、この1枚目は導入編として及第点以上のものをもっていると言えましょう。

 


聴いている音源
ボフスラフ・マルチヌー作曲
交響曲第1番
交響曲第2番
ヴァーツラフ・ノイマン指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。